もみぢおろし [おろし外伝] 一夜目  紅の花、その蕾・・・

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 神道、陰陽道に通じた家系は数多くこの日本に存在する。

その中に、決して歴史の表には出ない一族があった。

その一族は、赤眼の一族とも呼ばれ、闇に通じる一族、血に通じる一族とされていた。

また鬼に通じる一族とも言われた。

しかし、この、一族の存在は、明治維新とともに、すべてが、闇のまた闇に消えたという。

現在、知られている、かの有名な陰陽師ですら、その存在の総てを知られてはいない。

『なんだ・・この苦しさは・・頭が痛い・・』

歴史というものは、記録媒体がなければ、人間の想像で、その欠落部分を補う。

この行為は、とても危険な行為で、真実を闇に葬る可能性がある。

いわゆる、改竄という行為が容易にできる。

つまり、時が流れるにつれ、嘘が真実となるということだ。

ある国では、王が変わるごとに、総ての書物を燃やした。

そして、改竄する。自分の都合が良いように・・・

時の権力者達の都合が良いように歴史は改竄される。

『記憶が欠落することは・・・本当に・・ありえる・・のか・・』

日本は、亜米利加に敗戦し、あらゆる神にまつわる書物、歴史を燃やされた。
亜米利加の眼には、すべての神が危険視された。
それは、間違いであるとも知らずに・・・
明治時代の神道、いわゆる国家神道が、怨敵だというのに・・・

『ああ・・誤って・・消されたの・・・か・・』

そして、それ以前の神々、古神道をも消されてゆく・・・

『・・あそこに・・あそこの森に・・いるんじゃ・・ないか・・ほら・・』

亜米利加の心には、イエスが巣食う・・
亜米利加は、無差別に我々の神々を殺しすぎた。

日本人の心中に祟れる神々は、
亜米利加や朝鮮、韓国、中国の人々にうまくコントロールされ、
そして泡がはじけたかのように消されていった。

『ここには・・火の神も、水の神も、天の神も・・・いない・・』

八百万の神々が・・・我々の心から消え去ってゆく。

『ああ・・心が苦しい・・・まっくらだ・・何も・・何も・・みえな・・い・・』

侵略、戦争、A級戦犯、靖国、そして天皇に繋がる神々は、とても危険だ。

『そうだ・・危険視しなければならない・・視る・・な・・視ないで・・くれ・・』

神を信じる事は、先の戦争行為を美化する事そのものだ。

『ああ・・仏・・仏門に入れば・・・良かったのか・・・』

天皇のみが、"神”ではない。その意識の混同はどこで行われたか?

それは、江戸幕府以降、あの明治時代である。

『ああ・・王政復古の大号令・・が・・・』

そう、われわれ日本人自身がその破滅へと続く道を作ってしまっていた。

明治維新とは"復讐"だけの"改革"という事実を、知らない。

あの忌わしき関ヶ原の怨念、亡霊が生んだ国家。明治の国。

そして建国とともに、人民を統制する。自らを守る手段として・・・

『徳川の亡霊を封じるために・・・』

統制とは、神に対する意識改革を行う。それは、エゴイズムが生んだ象徴。

『傀儡の天皇の再来を・・果たす。』

そう、憎むべきは、意識改革によって生まれた神を奉るこの国家神道。

『明治維新で生まれた神の呼び名・・・だ・・』

神なのか?

政治、軍事に必要とする人民(意識)統一の手段。

神なのか?

亜米利加を筆頭にどの国も理解しないでいる。

神なのか?

いや、理解したいとも思わない。

ミサイルを打ち込めばそれでいい。穴があれば打ち込みたい衝動なのだ。

『もうどうでもいい。やめてくれ・・・』

彼等にとって、もはや、神々、そんなことは関係ない。

なぜなら、この日本という国を恐れているからである。
恐れの象徴である・・から・・・

『お・・おそれているの・・か・・』

間違ってはいけない、日本は神の国であるということを・・・

『まだ・・神は・・この・・日本に・・』

その事実を歪んだ感情、コントロールされた思考、偏見で見てはならない。

火の神、水の神、豊穣の神を祭ることが、なぜ、戦争に結びつくのか?

『いや、誰も結びつけていないさ・・・』

すべての神を殺したことで、恵みに感謝することをなくした・・・

『いや、そうでもないさ・・・』

このようにして、日本の人々は、雨に感謝することも忘れ、
太陽に感謝することも・・・忘れていく・・・

『そんな事はない。人間はいつも心に・・神ではないものを持っている・・・はず・・』

・・・クライモノがが・・・心に・・そっと・・触れた・・よ・・

こうして、心に神、愛をもたない者に、シトシトと恐怖が忍び込む時代が訪れた。

飼犬を殺し、隣人を殺し、子供達が血渋きの中で笑いながら、友達を殺す時代。

その暗黒時代に、闇に息を潜めたいにしえの一族、今、目覚める・・・

『ひどく・・ああ・・・蒸し暑い・・・心が荒んでゆく・・・ああ・・』

 

ジジジジ・ジ・・ジ・・・・・・

 

夏虫の音が止む・・・
一人の少年が、激痛とともに、目覚めた・・・
夜風が御簾を揺らしている・・・月明かりが辺りを照らしてはいるが、
激痛のあった所、片方の目前が真っ暗である。
少年は、右手で、その片方の眼、左の眼を押さえた。

暖かいものが溢れ流れでている・・・
ドクドクと・・・ドクドクと・・・指と指の隙間から流れ・・・

少年は、それを指と指でなぞった。
指先に暖かい液体が滲み広がった・・・
少年はただ呆然と、それを眺めた。
まだ、夜目になれていないらしく、はっきりと見ることができない。

少年は手を月明かりに照らして、もう一度眺めた。

白い手に黒いモノがついている。

血・・・

その血が、手を高く上げたため、
スーと白い腕を伝い、袖内に忍び込んでいった・・・

まるで黒い子蛇が這うように、それは流れる・・・

少年は思った・・・

『鬼が来た・・・』

以前、祖父に聞いたことがある。
赤神家に生まれし者には、試練の鬼が必ず訪れると・・・

『今がその時』なのだと、少年ながら、その事を平静に受け止めた・・・

この時、赤神 丞  

齢 15。

満月の晩、左眼を失う・・・

少年は上体を起こし闇を見る・・・もちろん、右目だけで・・・

静かな夜、部屋という部屋、場所という場所に、闇は存在する。
あの箪笥の陰、あの鏡面の陰にも・・闇・・・

少年は、目を凝らす・・・ジーっと目を凝らして・・・闇に潜むモノを探す。
柱時計の振り子が、コツコツと時を刻む。

その音とともに、ドクドクと血が、少年の頬を伝い流れていく・・・
意志が途切れれば、意識を持っていかれそうなほどの出血。
それでも、少年は壁を睨み続けた・・・額に褪せがにじみ出す。

『恐怖とは、己が造り出すもの・・・己の死に恐怖すれば、その恐怖が魂に食らい付く・・』

亡き祖父の言葉である・・・

ふぅ・・う・・
一息、呼吸を吐いた・・その時・・・

少年は目の前の壁に、牛のような形の陰、大きな陰があることに気が付いた。

意識を集中する。
こんな状況では、眼に映るモノには恐怖が付きまとう・・・
だから、意志を強く持たなければならない・・・

毛という毛が逆立つ。

ピシピシ・・・
ピシピシ・・・

家鳴りと共に、少年の身体から静電気のようなものが放電する。

ピシピシ・・・
ピシピシ・・

御簾が揺れる・・・

生暖かい風が吹く・・
そして、生血のなんともいえない甘い香りが部屋に広がる・・・
それは、化け物が、この世に姿を現す怪徴のような空気・・・

少年は桜色の唇を動かした。

「鬼よ、我の眼を返せ・・・」

その声が、暗雲たる空気を振動させる・・・

ビシ!!
稲妻が壁に走る!!

その瞬間、陰から、何百万個ともいう数の、血に濡れた眼球が、少年に向かって吹出した!!

ブチブチブチブチブチャー!!

大量の眼球が、部屋中を埋めつくす。

ヌブルヌブル・ブチュルブチュルルルルルルー・・・

粘っこい液体にまみれた眼球が、少年の顔に貼り付いては落ち、貼り付いては落ちた。
落ちた眼球は、なめくじのように這う・・・それでも少年は平静に言葉を発する・・・

「そのような小賢しいことは好かん。早う返せ・・・」

その途端、部屋中の眼球がすべて消えた・・・
摩耶かしの類い・・・
それを見抜く少年。

ザワザワザワ・・・

壁中の陰がざわめくように動き出す。言葉に反応したかのように・・・
そして、先程の牛のような形の陰に吸い込まれて行った・・・

・・・。

しばしの、静寂の後、
牛のような形の陰、壁から、ぬうっと、野太く剛毛の生えた赤い腕、左腕が出てきた。

空間に亀裂が走っている・・・放電が始る・・・鬼がこちらに出る、来る・・・

とっさに、少年は飛び起き、畳を蹴った。

空を駆る少年・・・

それと同時に懐に忍ばせていた短刀、内刀(うちがたな)を出し、一気にその剛腕を叩き斬った。

ゴトリ・・・畳の上、鈍い音とともに、その左腕が落ちた。

少年は着地とともに、その叩き斬った左腕を踏みつけた。

「この腕返してもらいたくば、我の眼をかえせ・・・」

少年は、闇に向かって言葉を発した・・・

すると地鳴りのような、低い音が、この部屋を揺さぶる・・・

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・

そして・・・地獄の底から発せられたかのような唸り声で、

「・・末恐ろしい童子じゃのう・・鬼に向かって取り引きとは・・・しかし、返せぬのじゃ・」

その返答とともに、陰、闇より黄色く鈍く光る眼球がくっきりと現われた。

鬼である。
鬼が、少年の言葉に反応した・・・のだ。

それでも、少年は平静に言葉を返す。
鬼と対面しているにもかかわらず・・・

「何故、返せぬ。それなりの理由でもあるのか・・返答せい・・・」

「くくく・・・理由・・理由かあ・・食っちまったんだよ・・・お前の眼球は・・・」

その瞬間、悲鳴ともいえる声が上がった。
それは、家が揺れるほどであった。

ぐるぁっああああっがあ"あ"あ"あ"あ"ああああああああああああああああああああ!!

壁に突き刺さる短刀。
ドス黒い血が壁より吹出している。

ドババババッババババッババッババババババアアアア! ジュビ !

鬼の眉間に、少年は何の躊躇もなく内刀を突き刺していた。そして・・・

「ならば、おまえは死ね、消えろ・・・」

少年の眼に力が込められ、彼の小さな手が、短刀を押す。

ズビビビビ・・ブ・ブ・ブ・・・

なんとも言えない、鈍い音がし、刃と肉の隙間から血が吹き出す・・・

ジュピ・ジュピ・・・

その血をかぶる少年・・刀の柄に淀んだ血がかかる・・
だんだんと、力を込めた手が滑ってゆく・・
そのスキを狙って、鬼の右腕が、か細い少年の咽元をとらえ締め付け上げた。

剛腕が少年の首、肉を絞め、鋭く尖った爪が肉をえぐる・・・軋む首の骨・・・

ミシミシ・・ミシッ・・・

鬼と少年・・・
両者ともに苦しみが走る・・・この苦痛に耐えれた者が勝つ・・・
少年の顔が赤くなっていく・・・そして、ドス黒く・・変色していく・・・
首、頸動脈が締め付けられ、血が通わないのである。
額に血管が浮き出しはじめ、左目があった部分から、
絞られるようにして血液が、ビュッビュッと吹出す。

それでも、少年は懐刀に体重をかけ、より深く突き刺してゆく。

ズブブブブブ・・ブブ・ブ・・・

苦痛に歪む鬼の形相。
鬼の形相へと変わる少年・・・覚醒・・・

少年の短髪の黒い髪が逆立つ。
そして、力を込める度に、その髪の毛が伸びて行く・・・

ズババババババア!!

髪の毛が伸びる・・・

髪とは神であり、霊力に通じるものである。
故に、少年の覚醒とともに髪が伸びた・・・

目覚めの時である・・・

「くあああああああああああああああああああああしゃああああっ!!」

少年が吠えた!!

髪は見る見るうちに伸び出し、締め付ける剛腕、鬼の手に絡み付く。
そう、まるで生きた蛇のように・・・
次ぎの瞬間、鮮血とともにその剛腕が空を飛んだ・・・

少年の髪は鋭利なピアノ線のように鋭く・・・絡み付いた獲物を切裂く・・

次ぎに、その髪はスルスルと鬼の首に絡み付き、額の傷より滴り落ちる鬼の血を啜る。

そう、血を啜る・・・

その瞬間、髪は赤く、赤く月明かりに照らし出される・・・

少年の髪は管状になっていて、毛先から鬼の血を吸い取り、透明の髪に色彩、紅が宿る・・・

そして、少年は鬼の血、鬼の力を得て行く・・・

鬼が眼を閉じる・・・
鬼は、少年を受け入れた・・・
赤神丞の力になることを受け入れた・・・その瞬間、
鬼は蒸発するかのように消え去った・・・

閃光が走る。

それとともに目の前の壁が崩れ落ちた・・・
短刀は、壁を貫き、壁に埋め込まれたモノ・・・何やら黒い塊に突き刺さっていた。
それは、鬼の形をした人形であった。

「この人形は・・亡き祖父の人形・・そういうことか・・・」

ゴトリという音とともに、鬼の人形から、球体が落ちた・・・
それは、水晶で作られた眼球、義眼であった。

少年はそれを拾い、失った部分、左目にハメ込んだ。

闇の部分に光りがさす。そんな感じに視界が広がる・・・

鬼の眼・・・これが、赤神家にまつわる赤い眼の秘宝。

鬼の力を得るもの、赤い眼をしている・・・そういうことか・・・

赤神家はこうして代々この能力を伝えている。
少年は祖父から、この力を授かったのである。
傀儡師の力をも伝える家系ならではの継承方法である。

『失った眼球に、未練はなく、授かった力を誇りに思う。それが赤神家に生まれた男の宿命』

今夜は、少し鬼眼が痛い・・・だからか・・・
赤神 丞は、幼い頃の思い出に浸った事を眼の痛さのせいにし、ふくみ笑いをする。

そばにいた妹、ダンナアが不思議そうに、兄の顔を見た。

「お兄様?どうしたのですか。眼が痛むのですか?」

「いや、ちょっとな。そんなことより、酒をついではくれないのかい?
いつまでも、持ったままで。このままでは、盃が干涸びてしまう。」

「はいはい。わかりました。」

赤神は妹のダンナアの顔を見て、つがれた酒を呑み、

『妹ダンナアには、あのような試練が無かった』ことに安堵するのであった。

つづく・・・