錐女の章 おろし!! #14 † 無限坂 †

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「お客さん、知っていますか?」

「え"!?」

 不意にタクシーの運転手に声をかけられた 酒野 肴(さけの さかな)は、
少し奇抜な声をあげてしまった。
酒野 肴、モデルは痢煙の友人の漫画家「花枝 坂奈(はなえだ さかな)」
当サイト会員様専用ページ内で漫画を描いてくれていますね。
s嬢とも仲の良い人で、良く二人で毒舌でしゃべりまくっています(笑)

「?・・・何をですう。」

「あっ、寝ておられましたか。いやいや、スイマセンねえ。
いやね・・・この坂ってのは、昔からヤバイって噂があってね・・・
うちらの業界じゃあ、有名なんですよ・・・はい・・・」

 肴は、少し不思議な顔をして、バックミラーに映る運転手の顔を見た。
薄暗く映る顔は、少し疲れのせいか精気がない。

車はその『坂』を進む。
街灯の光りが、車内を照らしては消え、照らしては消えた。
左窓、窓越しに外を覗くと、薄暗い墓が、ずらっと立ち並んでいる。

『ああ、背の高い墓だな・・・あの墓・・・』

肴は、その過ぎ行く墓石を、目で追いながら運転手の声を聞く。

「ちょうど、こんな感じなんですよ・・・この坂のあたりから。」

何を言っているのであろう・・この運転手は。
肴は首をかしげる・・・

「さっきから、アクセルを踏んでいるのにねえ・・・」

そういえば、先程からスピードは出ていないようだ。
しかし、眠気に襲われていた肴は、気にも留めなかったことだ。

メーターは20キロを行ったり来りしている・・・

「どうも静か過ぎるんですよ・・・対向車もなく、前後にも車がない。
この道路には、わたし達が乗っている車だけが、走っているようなんですよね・・・
それに、この蒼い霧が・・・やっぱり、これはアレですね・・・」

肴は、少し瞳孔が開いた錯覚に襲われた。
車内には、いっそう嫌な空気が広がっていく・・・

そして、エンジンの音だけが、ただ鳴り響いている・・・

「お客さん、こりゃあ無限坂に迷ってしまったようで・・・」

運転手はポツリと言った。

「無限坂?・・・」

「そうです・・・いつもならとっくに、この坂下ってますよ。
ホラ〜あの墓・・あの一番高い墓・・・さっきもありましたよ。
ですから、無限坂に入っちゃたようで・・」

肴は、外を見た。

『ああ・・・』

肴は、否定したかった。

『そんな馬鹿な・・・』

しかし、否定ができない。

この現状は、確実に現実だ。自ら何度も、あの墓を見ている、数えていたから・・・

恐怖に襲われる肴に対して、平然とした態度で、タクシーの運転手は話し掛けて来た。

「お客さん。こんなことになったので、時間つぶしに、わたしの話を聞いてくれませんか。』

『なんだ?このタクシーは!!いやに冷静じゃないか・・・』

肴はバックミラー越しに運転手の表情を見る。

「お客さん。どぶおちろって知ってます?」

「どぶおろち?・・・」

「いや、どぶおちろですよ。最近噂になっている妖怪?幽霊?
いや、わかりませんけど。
この世のものじゃないのは確かなんですけどね。
それがね、この坂からね、フモトにかけて出るんですよ。どろ〜っとね。
そう、そいつは、溝板の穴から顔をどろ〜と出してるんですよ。
溝板ですよ。溝板に穴空いてますでしょ?あそこから。
こいつはね、酔っ払いの足を、グイッってひっぱるんだそうで。
引きずり込むんですかね。
まあ、こいつは昔から居たみたいなんですけど、それが最近、頻繁に出るらしく。
巷では、噂になってるようで。
まあ、こういったオカルト好きの連中ですけどね。
まあ昔にね、そいつらが出ないように、ここらの溝板をね、全てね、
鉄の格子の板にしたんですよね。わたしには全然無意味に思えるんやけどね。
だってそうでしょ、格子といえば、穴は開いてる・・・のに。
でもね、何でか知らんけど、鉄の格子になってから、
何故かしばらくは出なかったんですわ。
まあ、わたしが思うに、牢屋みたいで出られなかったのか、そうあの檻。
それとも格子の隙間では、穴が小さ過ぎたのか・・・
ところで、お客さん、わたしがなんでそんな話をするかわかりますか?
ほら、道端の溝板、見てみなされ・・・鉄格子じゃなく・・・」
 
 肴はつばを飲みこみ、窓の外を見た・・・

溝板はすべて腐ったコンクリートの溝板だ。
しかし、肴は鉄格子の溝板っていう事実、実際に敷かれている事も知らない。

肴は首を傾げる。もともとじゃないのか?
鉄格子じゃなく、コンクリ。

そう思ったとたん、車がガクンっとなった。

「お客さん。どうやら無限坂から出られたみたいですよ。
ん?ああ、そうなのか。そういうことか・・・」

「何がですか?・・・」

「スピードがね、出ないのはあのせいだったんだ・・・」

運転手はバックミラーをチラリと見た・・・

肴は、ゆっくりと後ろを振り返る。

そこには・・・・その後ろには・・・

後ろには、なんと、たくさんの白い手が、ボトボト、ボトボトと、走る車から落ちていく・・・
肴は眼を凝らして、遠のいてゆく手を見る。

その落ちた、白い手は、ヒジまでの長さ、そこで消えている。その先はない・・・

それが、まるで途切れたトカゲの尻尾のように、ビクンビクンと動いていた・・・

そうビクンビクンと・・・

 車は坂をぬけた。
肴は後ろを見ることをやめた。

なんだったんだアレは・・・

そう思い、腕時計を見た。

その時、彼女の窓越しには、こちらを見ている男、死悶の姿があったのだが、
彼女も運転手も気づきはしなかった。

夜中に、道のすみに寝そべっている者になど、誰も気づきはしないだろう・・が・・・

「無限坂」も実在します。
ほんとの呼び名は知りませんが、痢煙の以前の家の前から1本道をまっすぐ進むとあるんですよ。
その坂に行くまでに、「イズミヤ」や、どぶおちろ使いが居ると言う
怪しい鉄橋の下の「犬屋敷(きくや)」もあります。犬がいっぱい居るので、
勝手に「犬屋敷」と呼んでるんですよ、s嬢。
坂の横の、大きな大きな墓地も実在します。
そこの辺りはいわゆる「遊廓街」で、そこで働く女の人が逃げないように
昔、その一角を囲むようにして、周りの土地の地盤を上げ、高い塀のようにしたんだそうです。
無限坂は、そのために出来上がった人工的な坂。
悲しい歴史の残る坂ですが、今ではただの自転車泣かせ(笑)
だけど、今回のお話しは、その歴史とも少しリンクしてるようで。
怖いですねぇ・・・


つづく・・・