錐女の章 おろし!! #13 † 石罪の唄1 †

--------------------------

「とお〜りゃんせ〜と〜りゃんせ〜こ〜こは〜ど〜この〜細道じゃ〜・・・」

泡?

体内に水が浸透している。

いや違う・・・

わたしは水---

---そう水だ。

ああ・・・・これはまるで羊水にいるような気分になる・・・

水の音。

泡の音。

水中の音。

ミュートがかかった音だ。
そして、先ほどから聞こえる歌。
でも、直ぐに泡とともに消える歌。

ああ・・・わたしはここを通らなければならない。

そんな気がする・・・いや、通らなければ・・・

ええい!!わたしの邪魔をするな!!

天神の通り道なのは分かる!!

方違えをしなければならないのも分かる!!

・・・しかし、急がねば。急がねばならぬ理由がある!!

水よ。

泡よ。

精霊よ!!

我が身は、急がねばならんのだ!!

生きとし生けるものの我が身、

今日が、御神の通る日だとしてもだ!!

行かねば成らん理由があるのだ!!

サラサラ・・サラサラ・・
サラサラ・・・

この音は?・・・

 わたしは、川岸、浅瀬に群生する葦に、ひっかかるようにして目をさました。
水の深さは、くるぶしもみたない深さである。

先程の音は、水が石の間を通りぬける音のようだった。

赤神は空を見上げた。

どす黒くどんよりとした、赤い赤い雲は
すべての色彩を、赤く赤く、変えるほどのものだった。

そう、赤黒く。以前読んだことがある小説のような世界か?
「以前読んだ事がある小説」とは、s嬢の別の小説「赤色の灯火」の事。
「おろし」とはまた違った感触の物語りなんです。


あれは地底の話だったと記憶する。
時間の流れが無いような空間。

そして、何よりも赤黒く染める、この世界は、
自分の髪の毛のような艶やかさがあり、
なんともいえない空間としか言い表せない。

これが・・・三途の川・・・か・・・

赤神は、濡れた髪の水分を取るため、手で軽く髪をすく・・・

手のひらに赤い液体が広がった。

血液・・・
これは水の・・・血の川なのか・・・

 しかし、この赤色の世界。見えるもの全てが赤く見えてしまう・・ような・・・

血と思えば血のように見えてしまう世界なのか・・・

赤神は手を空にかざした。

すると風が吹く・・・
手のひらについた血液が、サラサラと乾きだし、
まるで砂鉄のようになって、その風に運ばれ、飛び去っていく・・・

サラサラと・・・

赤神は、もう一度空を見上げた。

黒い黒い赤い赤い雲を背に、
それよりも、もっと黒い黒い影のようなものが、群がり円を描いていた。

ちゃぽん・・・

急に深瀬で、何かが跳ねた。

・・・

赤神は少し恐怖を覚えた。
いくら赤神といえども、この異形の世界は初めてである・・・

『恐いか・・・久しく感じなかった感情だ。
あまり、長居はできんな。ここも・・やばそうだ・・・』

ポケットから、首のもげた『紙の人形』を取り出し、川に捨てた。

『ここで気を失っている間に、殺られたようだな・・・
この身代わりがなければ、かなりヤバイことになるな。』

そう言いながら『身代わり人形』の数を数え、川づたいを歩く。

『行き先はあの黒い影が目指す方向だ。』

そう心に思う赤神の耳に、あの音、唄が聞こえ始めた・・・
そう、この音とそれにこの唄。この声が・・・

 カチャ・・・
 カチャ・・・
 カチャ・・・

 『・・・ち・・・た・・・め・・』

 カチャ・・・
 カチャ・・・
 カチャ・・・

 『・・・ち・・・た・・・め・・・』




---カシャリ・・・

 闇夜に響くカメラのシャッター音。
蒼い蒼い水蒸気が、排水溝の穴(溝蓋の穴)からモクモクと出ている・・・

この場所に、最近、『何かが出る』という噂、
その噂が、彼をこの場所へ連れてきた。

そう、この排水溝の穴から『何かが出る』という噂が・・・

この排水溝の穴は、大の男の拳が、通るか通らないかというぐらいの
穴の大きさである。
そんな大きさの穴からいったい何が出るのだろうか・・・

今夜はやけに静かな夜だ。
その、拳ぐらいの穴のあたりを狙って、
必死にカメラのシャッターを押す男、
この男は、知らず知らずのうちに、ある組織の報道カメラマンになってしまった、
死悶という名の男だった。

彼は自分の意思で動いているつもりだが、実はそうではなかった。
彼の運命は何かの力によって変わりつつある。
ねじ曲げられたとでも言うべきか・・・

ある一枚の写真が、彼の運命を・・変えた・・・

なんの変哲もない姉と弟の写真。
そんな写真に『近親相姦』と書かれたメモ。
謎が謎を呼ぶ・・・
そして、何よりもその写真に写る女。
世に言う心霊写真のように写る女の姿・・・
しかし、そんな甘い恐怖ではない・・・
もっと何か、生きた写真とでも言うべきか・・・おそろしい・・・写真である。

怪は怪を呼ぶ・・・そういうこと。
彼は知らず知らずに、怪の世界にどっぷり足を踏み入れたのである。

 死悶はカメラを置き、その拳程の穴を覗くため道路に腹ばいになった。

ムハっ・・・と臭気が鼻についた。

少し顔をそむけ、覗こうとした時・・・

一台のタクシーが、ゆっくりと横を通りすぎていく・・・
ヘッドライトが死悶の顔を照らす・・・

死悶はその通りすぎるタクシーを目で追った・・・別に意味はない・・・

乗客は、女のようだった。
タクシーの乗客も運転手も死悶には気づかなかったようだ。

死悶は、自分の姿を客観的に思い起こし、クスリと笑う。

『他からみれば、俺オカシイやろな・・・しかしな・・・』

 そう言いながら死悶は穴の中を覗く。
たんに穴好きという事からではない・・・

『何かが居る』・・・そう期待して・・・

しかし、その穴の奥、そこには、鈍く黒色に光る液体があるだけだった。

想像では、覗いた瞬間に、得体の知れない物が居て、
自分の顔に襲いかかってくることを想像していたのだが・・・

まあ、こんなもんだ・・・噂とは・・・

この世に得たいの知れないものなど、やはり、ないんだ。
あるのなら、自分を、『噂のように引きずりこむ』
ぐらいのことがあってもいいはずだ。

そう、たくさんの手が自分に掴み・・・

死悶はゴロンと体を回し、冷えたアスファルトを背にし、夜空を仰いだ。

「いい夜空だ。お月さんがあんなに大きな傘をかぶってるなあ・・・」

死悶は寒い夜だが、あえてその寒さを楽しむように目をとじ、
この雰囲気を楽しむことにした。

『静かだ・・・こんな夜には出ないか・・いたらの話だけどね。フフフ。』

そして、眼を閉じ、自問自答する。

何故、自分が、今夜、こんな奇怪な行動をしているのかを・・・

『噂どおり化け物が居たのなら、この写真も本当・・
俺の眼の錯覚ではない・・・

世の中には、妖怪、霊、化け物なんて、やっぱ、いないって事だよな・・・
この写真も、ハイテクな何かで・・・』

夜風が、死悶の頬を掠めていく。

サラサラサラ・・・
サラサラサラ・・・

耳がこそばゆい。
いい気持だ。
ああ、このまま眠りたい。

風のいたずらは、今の彼には心地よかった。
肌をくすぐり、髪の間を通りぬける感覚が。

そして耳を、くすぐるこの感じを・・・

 しかし目を閉じた、死悶には気づかないであろう。

それは風ではなく

何百本もの白い手が、死悶の体をさすっていたことを・・・

雰囲気を壊したくなくて、解説は付けてません。
s嬢の文章から受け取れる映像を、楽しんで頂ければ嬉しいです。

つづく・・・