鈎針婆の章 おろし!! #75†手†

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手を伸ばした。

右手も左手も、めいいっぱいに・・・

進まなきゃ・・きっと・・正解・・大丈夫・・・このまま進もう・・

前も後ろも、右も左も、上も下も、霧に覆われていて、何もかもが見えないけれど・・

この方向で・・あっている・・わたしは・・進まなきゃ・・進まなきゃいけない・・

ああ・・霧が人の顔に見える・・悲しそうな表情を浮かべ近寄る無数の顔・・
その顔が・・わたしの行く手を阻もうとしているけれど・・・

わたしは・・わたしは・・進まなきゃ・いけない・負けちゃいけない・・

光・・あの光が閉じてしまうかもしれない・・から・・

この白い白い霧は・・きっと永久に続かない・・手を伸ばしたら・・あの光の中に・・

手を・・手を・・手を・・・。

パカ・・・

ああ・・わたしは・・溶けてゆく・・・

 

ウワーーーーーーーーーッ

歓声があがった。

月の穴より・・巨大な頭蓋骨のゴンドラが顔を出し、ゆっくりと降りてくる。

その頭蓋骨は、どことなく“酒野肴”に似ている。

肉は付いていない・・骨のみだけど“酒野肴似”なのだ。

その酒野肴似の頭蓋骨が、S嬢の立つ“乳ステージ”の真上、頭上200メートル以上離れたところで、ぴたりと制止した。

S嬢が、ゆっくりと真上に手を振り上げる。

ガチガチガチガチ・・・チチ・・

“しゃれこうべ”の口が、ゆっくりと開いていく。

『頭蓋骨のゴンドオオオラアアっ!とびいいらあっ!扉は〜今っ開か〜れえいたああっ!!』

S嬢のヒステリックボイスを封切りに、歓喜に満ちた声が、フェスティバルゲートを覆う。

ウワーーーーーーッ。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

その地響きする歓声を合図に、酒野頭蓋骨の口、しゃれこうべの口“扉”から、
白い霊魂がひとつ、ひょろひょろろろ〜と情けなく放出された。

『おお・・・』感嘆する化け物たち。

人の精子の形に似たその魂は、
名残惜しそうに"自分"の頭蓋骨の辺りを、くるくると回っている。

早く降りてこい・・そうすれば、無事に魂を捕獲できる・・・

しかし、すぐには、下へは降りて来ない。

ずっと、同じ所をくるくる回っている。

くるくるくるくる・・いつまでも・・ああ・・いつまでも・・

まったく降りて来ない。

降りて来る気配がない。

降りようとしない。

嫌がらせか?

じらしているのか?

いや・・分からないのだ。

そう、肴の魂は、いったい“自分の身”に何が起こっているのか、まったく分からないのだ。

地獄で赤い月を見上げた瞬間、ぱっと目の前が真っ白になり、両足が地から離れた。
『月に吸い込まれる!!』と思った刹那、わたしは、“わたしの形”でいられなくなった。

わたしは、まるでワタアメのようにふわふわと、白い靄の中を浮遊し、そう、赤い月の中をしばらく彷徨った。すると・・今度は、まったく異なった世界が、目の前に現れたではないか。

ああ・・溶けてゆく・・

目の前に広がる世界は、どこか懐かしい・・でも、何処だか分からない・・

ココは、いったいドコなんだ・・・帰れたのか?

あの世から戻ってきたばかりの魂だ・・そう思うのも仕方がない。

記憶の一部が、リセットされていてもおかしくはない。

覚えているようで・・覚えていない・・

頭がちゃんと働かない・・スッキリしない。

ようするに酒野肴の魂は、現在“寝ぼけているような”状態なのである。
思考回路が麻痺している状態なのである。

以前、地獄から帰ってきた痢煙もそうだった。

夢のようで、夢でない・・夢でないようで、夢のような・・そんな感覚・・・

まあ、痢煙の場合、酒が入っている時と入ってない時とでは、人格が異なってしまう。
そう、飲酒有無で、痢煙の人格は異なってしまうので、今、肴が感じている印象とは、異なるだろうが・・“夢のようで夢でない”という風に感じた事は、おおよそ似ているだろう。

そう、痢煙も、錐女に“痢煙焼き”にされた事は、“夢のようで夢でない”と感じている。

地獄へと拉致られ、“人肉のステージ”の上で、多くの化け物達に、羨望の眼差しを受けながら、錐女に、まな板の上でさばかれた事を・・・

“アルコール・ウォーカー(飲酒徘徊)”時の痢煙、その時の心情を読み取る事は、常時、不可能に近いが、“痢煙焼き”にされた事は、実際に起こった事として認識しているようだ。
逆に、ノン・アルコールモード(しらふ)の時の痢煙は、あの時の事は『壮大な夢だったなあ』として認識、処理している・・・らしい。

見事に人格が分離しているおかげで、“しらふ”の痢煙の精神が壊れることはない。
いや・・もう壊れているのか?・・・

また、現在の痢煙の身体は、“オリジナル”の身体ではない。
忘れているかもしれないが、現在、動いている痢煙の身体、肉体は“クローン”なのだ。
それが、人格分離に大きな影響を与えているという事は言うまでもない。

酒を飲んで、怪異に遭遇して、化け物と闘って(遊んで)、アルコールが切れて寝る。
目が覚めると、『昨夜も、変な夢だったなあ』と思う。その繰り返し。

夢遊病だ。
酒が入っているから“飲酒夢遊病”だ。

そんな、ミラクルボディの痢煙ですら、地獄から帰ってきたばかりは、小一時間ぐらい、病室でボーっとしていた。

アルコール・ハイの痢煙ですら、即時対応はできないのである。

“地獄帰り”は、誰もが、ボーっとするのである。

酒野肴もボーっとしている。

だから、いっこうに下へ降りてこない、ゴールを目指さない酒野肴であっても、
それが、ごくごく当たり前の状態なのだ。

今夜、自分のために“生き返りの儀式”が行われている事を、酒野肴が思い出すには、もう少し時間が必要だろう。

アホみたいに、同じ場所をグルグル飛行していても・・今夜は許そう。

“自分が何をすべきかを”思い出すまで・・・目が覚めるまで・・・

『赤神様、アレ、なんか白玉だんごみたいだね。』と涎をぬぐいながら葛遊は言った。

赤神は答えなかった。

手をかざし、「♭の眼球」で、痢煙の様子を遠視する。

その時、霧の中、不穏な動きをする影に、赤神は気づく。

ここに集まった化け物らは、皆"酒野肴の口"に入りたがっている奴らばかりだ。
開始の笛を、今か今かと待ち、目指すは、ゴールであるゴンドラに釘付けになっている。

かの御伽婆も、ゴンドラを眺めている。

空怪も・・・

だというのに、その影は、明らかに何か他の“獲物”を狙っている・・そういう動きだ。

この場の雰囲気に馴染んでいない・・とけ込んでいない・・
いや・・何か良からぬ事を企んでいるとしか思えない動きをしている・・・

『行け!オマエらッ  スタアアアーーーーーーットオオオオオッ!!』

S嬢が、開始の声を上げたと同時に、銅鑼の音が一発ゴーンと鳴った。

それを合図に、オーケストラ楽団が、「ワレキューレ」を演奏する。

ボルテージが一気にあがる。

上昇 上昇 常勝だ!

そして、ついに戦いが始まる。

“バカンス”を懸けた、漢の闘いだ。

肉と肉とのぶつかり合い。

意地と意地との勝負。

一斉に、化け物たちが、ゴンドラ目がけて動き出す。

各所で、乱闘がはじまる。

勃発 勃発 勃発。

あちらこちらで殴る蹴る噛むのファイトが始まる。

腐った血と肉と汁、歯、頭髪、体毛、骨、内臓などが、辺りにブチ巻かれていく。

魂が引き裂かれる。

カナキリ音の悲鳴がこだまする。

打ち負かされた者どもに、尊厳などない。

ただゴンドラへ行ける唯一の道、それを掴むための踏み台にされるだけ。

屍の山が高くなればなるだけ、ゴンドラから垂れ下がる糸へと近づく。

だから、殴る。とりあえず対面するヤツは、すべて倒す。

常勝あるのみ。

動くものは敵とみなせ。

血まみれの肉、魂が重なり合い、まるで砂時計の砂山のように盛り上がっていく。

その屍の山に、駆け上り、対面する敵を殴り殺す。

殴って殴って殴り殺す。

化け物だから二度殺しだ。

敗者は、踏み台となり、より高い山を気づく。
勝者は、敗者の上に立ち、ゴンドラを目指す。

考えている余地はない、只、攻撃すれば良いのだ。
常勝すれば良いのだ。

さもないと、自分が踏み台になってしまう・・

しかし、踏み台などという、回りくどい方法ではなく、
もっと簡単に、ゴンドラまで行く方法はないのか?、

例えば、空を飛べばいい。
化け物だから簡単なはずだ。

そう、翼を持っている化け物、空を飛べる幽霊もいるだろう。
飛べばすぐにゴンドラ、ゴールに辿りつけるのではないのか?

いやいやいや・・・そんな簡単なものではない。
ちゃんと、仕掛けがある。
そもそも、祭りがそんな簡単に終わってしまっては、シラけてしまう。

ちゃんとオーガズムを迎えらるように、完璧で、より推敲な防御システムが施されてある。

そう、闘わずして、ゴンドラへ辿り着く事は出来ない。

このゴンドラ、しゃれこうべの鼻の穴から、もの凄い突風と聖なる針が無数に吹き出し、
扉に近づく飛行者を、阻むようになっている。

特に、幽体、または有翼種族などのように、ゴンドラまでいっきに飛べる化け物達は、
狙い撃ちに合い、すぐに打ち落とされてしまう。

だから、まず、屍の山を築いて、ゴンドラから垂れ下がる糸を掴もうとしている。

そう、唯一の、扉に近づく方法は糸、"蜘蛛の糸"と呼ばれる、しゃれこうべのヨダレ。

このヨダレは、決して切れない糸、0.5ミリのピアノ線のような太さで出来ている。

糸は、細すぎて掴む事は容易ではないが、糸の端は、ゴルフボールぐらいの玉になっているので、そこを握る事は出来る。

しかし、それ以上、上へと登ることは至難の業。
では、どうすれば良いのか?

ただ、糸の端、球体の部分を握っているだけで良い。

このヨダレ、少しずつ上昇している。ゴンドラへと近づいている。

強く握れば、少しだけ加速する。ほんの少しだけ・・じれったいぐらい。

糸を掴んでいる間も、油断すれば、新たな化け物に襲われ、糸を奪われる事になる。

いったん地面に触れた糸は、一定の速度で上昇するシステムになってるため、
手を離しても、制止する事はない。

しかも、ゴンドラの真下は、上昇飛行禁止区域となっているため、手から離れたら、また一から踏み台を制作するハメとなる・・・

そう、一度、掴んだら決して離してはいけない。
二度と掴む事は出来ないものだと思った方が良い。

運良く糸を掴んだら、振り子のように糸を操って、幾多の敵の攻撃を交わし、
ゴールを目指す。

まだ、今のところ、ヨダレの球体を掴んでいる者はいない。

屍の頂上に立った者が、新たな土台になり、その土台を築いた化け物もまた、
新たな土台となる。

そのような、阿鼻叫喚の図が、もの凄く濃い霧の中で、繰り広げられる。

--霧をスクリーンにした影絵は・・・時として、すべてが見えるよりも恐ろしい。--

化け物の悲鳴、罵声、鼓舞する声。

音楽と唄。

それらは、たとえ耳をとざしても・・・必ず聞こえてくるだろう。

そんな"現世地獄"、乱闘の隙間を縫うようにして、影達が動く。

その影の形は・・・三角だ・・・・・・そう・・・コーン・・・あれは三角コーンだ。

工事現場、サッカー、駐車場、スーパー、
しかも最近は、普通の家庭にもあるほど、どこもかしこにもある、三角コーン。

その三角コーンが動いている。

カサカサと動いている。

まるでヤドカリだ。

ヤドカリのように、コーンの底辺から、人間の手と足だけが飛び出している。

肌色の男の腕と脚が・・・

その気持ち悪い四足が、素早い動きをし、その"コーン"は移動する。

そして、ピタリと停止する・・・そして、また動き出す。

その"繰り返し"をコーンは行う。

そう、自分たちの"存在"をカモフラージュしているのだ。

潜入・・いや・・我々を包囲しているのだ!

白い霧と化け物にまぎれて、数え切れない数のコーンが、集結し、我々を包囲している。

『見てっ!』
銀色の小狐が、赤神の耳を軽く噛んだ。

素早く「♭の眼球」を納め、赤神は、空を見上げた。

「ハイル・ビニールか!」

彷徨う酒野肴の魂を中心にして、数十の白いビニール袋が、空に舞っている。

"ビニールモード"での飛行では、気配は感じられない。

まだ、こちらの様子を伺っているだけだ。

『なら、今は、あの影を追わなければ!』

再度、赤神は、「♭の眼球」で、痢煙の周囲を見渡す。

しかし、痢煙の周囲には、あの“ヤドカリ”はいない。

痢煙を狙ってはいない。

確実に、違う獲物を狙っている、

なぜなら、コーンたちは、痢煙の横を、見向きもせずに通り過ぎていく。

そして、何よりも・・

『痢煙は、襲うな・・部隊は全滅・・部隊は全滅・・』

痢煙の横を通り過ぎるコーンらから、そのような声が聞こえた。

『瓶だ・・瓶が必要だ・・あの瓶がイルんだ・・』

そう、狙っているのは、ミノを纏い、手には鎌を持つ、白き顔の少女。

たしか、聞いたことがある。

あの少女は、「空缶娘」という名で呼ばれている化け物だ。

その少女、屋根の上にいる空缶娘の周囲に、赤いヤドカリ達が集まり出している。

『そして・・俺だ・・』

赤神の立つ建物にも、すでに赤いコーンの群れが、まるで薔薇のトゲのように・・建物の側面にへばりついていた。

ふわっと、少し風が吹いた。

ひとつの袋が、赤神の立つ屋根に舞い降りる。

すぐさま、悪臭を放つ煙が、その袋からモクモクと出始めた。

そう、あの時のように・・

「黒丸・・鋼・・」

赤神は、ぎゅっと拳を握る。

胸が締め付けられた。

煙はあっという間に、あの気持ち悪い"人の身体"を形成する。

『よう・・赤神』

ビニールをかぶった裸体の男、下半身まるだしの中年太りの男、
その男の口があるであろう辺りから、自信に満ちた粘着系の声がした。

このネチャコイ声は、この下半身まるだしの男の声ではない。

そう、このハイル・ビニールを遠隔操作している怪僧 森魚の声だ。

森魚の首の付け根から伸びるゲームコントローラ、
そのコントローラに備え付けてあるマイクが受信した声である。

『今度は、息の根を止めてやるよ。ケケケケ。』

シュバッ!

ハイル・ビニールの頭部が、斜め半分に割れた。

崩れ落ちる肉体。

間合いに入った敵を一瞬で斬ってしまう赤神。

森魚となど、会話などしたくない・・・
さっさと片づけたいという気持ちの表れ。

瞬殺。

赤神の“赤い眼”が、鋭く光る。

それを皮切りに、一斉に、ビニール袋が人型へと変化する。

『ぬおおおっ キサマは勝てない!!このハイル・ウニクロにはなっ!とあーっ!!』

降下するハイル・ウニクロ。その両腕が伸びる!!

森魚はニヤリと笑った。

先の勝利を思い出したのだ。

ハイル・ウニクロの手刀で、腹に横穴をあけられた赤神。

『もらったああああああーーーーーッ!』

シュババッ!

腕が飛ぶ!

赤い髪が揺れる。

刀は鞘に入ったまま・・・

『ぎゃああああああああっ!!いででででででッツ』

あまりにも速い居合い抜きのため、
刀は、鞘から抜かれていないように見える。 

その様を横目で見るS嬢、ニヤリと笑う。

『霧雨すごーいっ!』
葛遊は、赤神の肩からタッと跳んで、
腕を切り落とされたウニクロの顔面に蹴りを入れた。

バランスを失ったウニクロは、そのまま落下する。

『グアーーッ!クイック切り替え!!チェンジ!チェンジ!!』
森魚の声が遠くなる。

ドシャーン・・・バキバキ、ボリボリ・・ムシャムシャ・・

ウニクロは、下で行われている乱闘の餌食となった。

くるりと回転し、赤神の肩へ留まる銀色の小狐。

『ああ・・いっぱい来たよ・・』

赤神の周囲を囲むようにして、着地する数体のハイル・ウニクロ。

『偶然だあっ。』

動揺する森魚、まだ必殺の間合いには入ってこない。

腕に巻いた玉鎖がジャリっと鳴り、赤神が地を蹴った。

『来たか!死ねえいッ!』

シュバババババッ!!

銀色の閃光が走る。

『ん??』

赤神を囲んでいたハイル・ウニクロたちの顔が、綺麗に横一文字に斬られた。

肉片が崩れ落ちる・・

『なっ・・なん、なんだあっ?い、い、今のは、かか、回、回避でき、できたはずっ!な、な、なぜ動かない!コン、ココ、コントロール、ミ、ミッスウXウガXウガX』

森魚の悲痛の叫びも、ハイル・ウニクロが倒れ伏すと同時に消えてしまう。

コントローラーを叩いてみる森魚。
よけられたハズのものが、よけられなかった・・回避できなかった。

『信じられん・・・』

森魚には、見えていなかった。
赤神の足下、赤神の影の中に、何かが潜伏している事を。

黒い影。その影の手が、ハイル・ウニクロの影を掴んでいた。

影縛り。

その黒い影に、影を握られ行動不能状態となったハイル・ウニクロ達、つまり森魚がコントロール不能となったハイル・ウニクロは、回避行動する事も出来ず、赤神の刃に、頭部をバッサリ切断された。

赤神の影の中に潜む何がか、ホログラムのように物体化した黒い影が、ハイル・ウニクロ達の動きを封じていたのだ。

その影が、両手に掴んでいたハイル・ウニクロ達の影を離す。
ドサリと音がし、頭部を欠いた数体のハイル・ウニクロ達は、屋根の上に倒れ伏した。

そして、ズルズルと屋根から滑り落ち、壁を登るヤドカリらを道連れに落ちていった。

地上で、物が砕ける音がした。

黒い影は、まるで、水面に潜るかのように、赤神の影の中に消えた。
赤神の影に、波紋が現れる。
水しぶき、ミルククラウンの代わりに、黒い羽が舞った。

『今の・・何?』と葛遊は、眼を丸くして訪ねた。

赤神は、それにも答えなかった。
答える事が出来なかった。

いや・・分かっているのだが・・あえて口にする事はやめた。

----- 黒丸が取り憑いている -----

そして、それが己の新しい力となっている。

赤神の眼が、キラリと輝いた。

『ああ!今、笑った?』と葛遊が訪ねると同時に、
赤神が、地を蹴り、空を跳んだので、葛遊は、落ちないようにしがみついた。

 

「緋威露さん、ビニールが空に舞ってますわ。」
しばし、ゴンドラ祭りを楽しんでいた黒死だが、空に舞う不自然なビニールを発見した。

「遅いっ!森魚、遅いわよっ!」

そして、クズだ、カスだ、エロだと言って、徳利を手にし、お猪口に熱い酒をついだ。
寒空に、白い湯気が上がるが、その酒が冷えきる前に、ぐいっといっきに飲み干した。

フイーと熱い息を吐いて、満足そうな顔をする赤神 緋威露。
これでも、現在、化け物退治をしている・・らしい。

「え?あれ、森魚の例のあれですか?」

「ええ。名前なんだっけな・・ハイル・ビニ本だったけな。公園で、何体か燃やしてやったわ。」

「ビニ本か〜やっぱり変態ですわ。あれ?どうやって結界内に入って来たんだろう?」

「あれ?言ってなかったけ?森魚は、ヤツをおびき出す餌よ。だから・・」

ムッツリスケベ用の結界は張ってないと言い、酒をつぐ。

「本命は、来ますかしら?」

「来るわよ。ここは、どっしり腰を降ろして見守りましょう。」

「はい」
黒死は、ニコリと笑い、カップを手に取り、ロシアンティーの香りと暖かさを楽しんだ。

緋威露も、手酌で酒を楽しんでいる。

「きゃー凄いっ。ジョーーーッ!一瞬でバッサバッサと変態野郎斬ってる!」
ウオッカが入っているのか、少し身体の芯が熱くなり、少しテンションが上がった黒死。

「あ、オシイ!あのムカデ男、もう少しで、最長記録だったのに。なんで、糸から落ちる!」
息子の奮闘よりも、ゴンドラ祭りの蜘蛛の糸バトルに、ハマる緋威露。

二人は、別々のショーを楽しんでいた。 

 

霧は、いっこうに晴れない。
あちらこちらで、乱闘が勃発している。

空怪も、隣りにいた巨大キリギリスに、いきなり頭部を噛みつかれ、
あまりの痛さに、スイッチが入ったのか、キリギリスの首をへし折っただけでは済まず、近くにいた化け物たちをボコボコに殴りまくっている。

つまり、蜘蛛の糸バトルに、遠からず参加している。

『おい、空怪。何をしているっ!』

空怪の暴走を止めるかのように、不意に、どこからか声がした。

聞き覚えのある声だ。

空怪は、半分滅しかかったコオロギ男を、手から離し、
辺りを見渡した。

すると、足下に、赤い三角コーンがあるのに気づく。

そのコーンが、少し動いた。

「んん??」

地面とコーンの隙間に、人間の足と手が見え、
醜い男の顔が、少し覗いていた。

「なっ」
空怪は、少し後ずさりをし、その醜い顔を凝視した。

こいつが何者か空怪は、知っている・・・

コーンと地面の隙間から覗くスキンヘッドの男が、舌をペロリと一度舐めてから、言葉を発した。

『何故与えられた任務を遂行しない。空缶娘から、魂瓶を奪うのが、お前に与えられた任務だろう?』

コーンの口から、あの忌まわしき声、粘着系の声が聞こえた。

「し・師・・し・かし・・」
空怪は、いつものように「師匠」と口に出そうとしたが・・言葉を濁し、そして言葉を変えた。
今夜、森魚を「師」として呼ぶことに、もの凄くためらいを感じてしまったのだ。

『何がしかしだ・・キサマ。ワシの言葉は、マザーの言葉だ。命令に従え。無料とは言ってないだろうが。妖怪点滴を一年分やるのだぞ!ホラ。』

ヤドカリのような男の手が、すうと伸びて、空怪に、液体の入った銀色のアルミパックを手渡した。

妖怪点滴だ・・・

『もう無いんだろ?早くそれを飲め・・そして、ヤツをやれ。与えられた任務を遂行しろ。』
と、ヤドカリは、屋根の上を指指した。

「あ・・空缶娘・・」

『そうだ』と言いながら、ヤドカリは、カサカサと素早い動きで走り去っていった。

空怪は、右手に握った冷たい銀色のパックを見つめた。

-----  殺された幼稚園児のゾンビパワー配合 妖怪点滴 500ミリリットル -----

空怪の顔が、銀色のパックに写り込む。

その顔は、とても悲しい顔をしている・・・

ふと・・・あの時、空の上で抱き合った、一瞬の夢 空缶娘の顔が・・・

写り込んだ空怪の顔と重なった・・・

「くっ」

空怪は、ぎゅっと銀色のパックを握りしめ、それを思いっきり投げ捨てた。

 

「いたーい!頭に何かブツかったっ!!」

痢煙の後頭部に、何か物が当たったため、前のめりになった。

手で後頭部を押さえ、しゃがみ込む痢煙。

『大丈夫ですか?・・もう、ここは危険ですね。早く移動しましょう。』

雨女酸性は、手を差し伸べ、痢煙を引き起こした。

「ああ、この銀色のパックだあ。当たったの。いたーい。」

痢煙は、足下に落ちている銀色のアルミパックを拾おうとしたが、
落ちた衝撃で内容物が漏れているのに気づき、拾うのを止めた。

『さあ、急ぎましょう。』

雨女酸性は、両手で痢煙の身体を支えながら、乱闘の合間をくぐり抜け、
二階を目指す。

羊皮紙に浮かび上がった次なる指示は、「酒野肴の魂を、水晶に取り込む」事。

そのためには、ここ一階にいては、魂を取り込む事は出来ない。
魂がよく見える場所、痢煙が目視出来る場所へと向かわなければならない。

しかし、乱闘の合間を縫って移動するのは難しい。
なかなか上の階には進めない。

とりあえず二階に上がる事を、目標とする。

幸い、雨女酸性の目では、酒野肴という人の魂は、ゴンドラの扉付近の上空で、
モゴモゴと、もたついているのを確認出来たので、とりあえずは大丈夫だ。

雨女酸性は、はじめ、"どちらの魂"が、酒野肴の魂か分からなかった。
そう、ゴンドラから出てきたのは、ひとつの魂ではなく、ふたつの魂だった。

ひとつの魂はグルグルと同じところを今も飛んでいるが、もうひとつは
もの凄い早さで、飛び去った。

その、もの凄い早さで飛び去った魂に、あの、変態司会は気づいていない。
彼が、一瞬眼をそらした隙に、それは飛び去った。

赤神も気づいていない。
赤神も、その瞬間を見ていなかった。

しかし・・羊皮紙にちゃんと指令が来ているという事は・・
今、グルグル回っているおたまじゃくしこそが、酒野肴の魂なんだろうなあと、
雨女酸性は受け止めた。

もう一つの魂が何であれ、今は関係ない。

早く、二階へ行かなければ。

しかし、二階へと続くエスカレータの前で、乱闘が起こっているため
進もうにも進めなかった。

しかし、上から頭部を切断された裸体の男がドサドサと降ってきたおかげで、
下にいた化け物らは、全部押し潰されてしまった。

『痢煙さん、道が出来ましたよ。』

屍の山を、痢煙と雨女酸性は、滑らないようにゆっくりと登った。

途中、二人して、裸体の男の、ふにゃりとした"逸物"で、ズルっと足を踏み外しそうになったが、
無事、エスカレーターに乗る事が出来た。

しかし、まだまだ安心は出来ない。

至る所で、乱闘が勃発している。

幸い化け物たちは皆、興奮しているため、痢煙が人間だという事に気づいていない。

ので・・集中して痢煙を襲う事はない。

それでも、上へ登るという事は、ゴンドラに近づくことであり、
ゴンドラに近づくものは、蜘蛛の糸バトルの参加者、つまり敵という見方をされるわけで、
上を目指している痢煙や雨女酸性を見かけた化け物は、たいてい襲ってくる。

上に行けば行くほど、危険は増すという事だ。

『気をつけて。』
と、雨女酸性が、一段前にいる痢煙に注意を促す。

前方から接近して来るモノあり。
痢煙と雨女酸性が乗るエスカレーターを逆乗りして来る化け物、つまり下ってくる化け物がいる

栗鼠の顔をした人間が、うれしそうに笑いながら駆け下りてくる。

しかし、そんな低級な化け物などに、今や臆することのない痢煙は、口に含んだ酒を、ぷううっと吹きかけて、簡単にそれを撃退してしまった。

「うーん、酒パワー」

コロリだけにイチコロなんだろうか・・・

ガタンガタンと音を立てて、栗鼠男は、いっきに下まで転がり、
屍の山に、激突し、埋まっていった。

 

ピクリと手が動いた。

先ほどまで、がっちりと身体を押さえつけていた"黒い雲"が消えた。

雨女酸性が仕掛けた封印が解けたのだ。

雨女酸性の"使える大気中の水分"が、霧に追いやられて少なくなってきている。

もう一度、手を動かした・・

『ヒヒヒ・・』

二本の黄色い歯を尽きだしてニヤリと笑う。

仰向けに倒れている老婆・・鉤針婆。

キラリとスパンコールのボディコンが輝いた。

ゆっくりと首を左横に向け、周囲を確認する。

白い布を頭にグルグルに巻いた老婆が、少し離れた所にいるのを見つけた。

こちらには気づいていない・・こちらを背にして、空を見上げている。

『あのババア・・・』

鉤針婆は、右手を自分の太モモ辺りに突っ込み、モソモソと何かを探し出した。

出刃包丁。

もの凄く肉厚有る刃と、どす黒く汚れた柄。
何人もの人間の血と肉を食らった証。

殺された人々の怨念が、生きている物だけではなく、同族、化け物にもダメージを与えるという
伝説の出刃包丁を、気持ち悪い箇所、股間あたりから、すっと抜き出した。

あまり出所は、考えたくない。

その解体用の出刃包丁を、ゆっくりと顔に近づけ、その刃をペロリと舐めた。

『クケケ・・』

鉤針婆の濁った眼が、ギラリと鈍く輝いた・・次の瞬間!!

『きええええええええええええええっ!!』

ビュバババッ!!

鉤針婆の手から、それは放たれた。

風を切る出刃包丁!!

無回転で標的に迫る!

ズブリッ!!

背中に衝撃が走る御伽婆!!

『ぐあがっ!!』

いったい何が起こったのか分からない!!

ゴンドラを見ていたら、背中に猛烈な痛みを感じた。
化け物ではあるが、痛みは感じる。直接、魂に響く痛みだ。

『なんじゃごぉらーーーーーーーっ!!』

自分の背中に、もの凄く太い出刃が、突き刺さっているでないか!

その瞬間、御伽婆の意識、その大半が真っ白な世界に逝ってしまう・・・

----- 邪悪な心で自らを"存在"させる事ができる化け物たち -----

その邪悪な心、心魂に痛みを感じた時、自らの存在を維持するための意識が断ち切られた時、

----- 化け物たちは消滅する。

しかし、御伽婆は、持ち前の凶悪な心、残された闘争本能で、この出刃を放ったヤツを確認し、反撃に転じようと振り向く・・そう一矢報いようとした瞬間・・またしても激痛が走った。

ゴツゴツとした細い二本の足が、己の顔面にメリ込んでいた。

鉤針婆のドロップキック。

ミシミシと骨が砕けていくのが分かる・・

『ぐああああ・・・あ・あ・あ・・』

顔面にメリ込む二本の足が、あの鉤針婆の足だと分かった時には、
己の身体は、高速に後回転しながら吹っ飛んでいた。

グルルルルルルルル・・・バキバキバキバキッ!!

後頭部、足の甲と激痛が交互に繰り返される。

化け物をなぎ倒し、ベリベリと地面を捲り上げ、タイルを剥ぎ、屋台は粉砕し、
そして、どんどん地面に埋まっていく身体。

まるで、鋼鉄の大車輪が、地面をえぐるかのように、己自身が回転し、地中に沈んでいく。

頭に巻いた白い布が、地面との摩擦でコマギレとなり、空にヒラヒラと舞った・・・

そして・・・

ズドオオオオオオオオオーーーーーーーンッ!!

大爆音とともに、御伽婆の邪悪な心は眠った。

 

ビクッ!!

咄嗟に、二井 奈々は、白く曇った窓ガラスに当てていた、幼なさが残る小さな白い手をどけた。

手形が残る窓ガラスが、ビリビリと音を立てて震えている。

大爆音がしたと同時に、建物がもの凄く揺れた。

この建物、世界の温泉に、もの凄い勢いで何かが当たったような気がした。

そんな感じだった。

心臓がドクドクと波打っている・・・ビックリした。

今夜は・・映画・・いや・・悪夢を見ているかのような事が・・実際に起こっている・・

分けが分からない・・いったい、何がどうなって・・
わたしは・・牛の化け物に襲われなきゃいけないのだろうか・・そう化け物なんかに・・

もう・・死ぬかと思った。
友達も死んだかと思った。
もう助からないと思った。

助かったとしても、取り返しの付かない事をしたと思った。

わたしは、本当にひどい事をした・・そう・・友達を見捨てたんだ・・

もう、友達として、親友として、失格なんだ・・と思った。

これが、夢なら覚めてよと何度も思ったが・・そんな甘くはなかった。

悪夢のような現実は終わりはしなかった。

目の前で、襲われる人・・
肉が飛び散り、血が吹き出ていた。

この間、マリコと一緒に、夜中に観たスプラッター映画のようだった。

でも、目の前で起こった残虐シーンは、
テレビで見たような"何の香りもしない"残虐シーンではなかった。

もっと、恐ろしいものだった。

テレビ・・あんなもの、視覚効果と音だけである・・・

ちゃんと、香りがするのだ・・・この恐怖には・・

あの血の臭いは、ぜったいに忘れられないだろう・・・

あれが本当の恐怖なのよ・・

でも・・でも・・不謹慎なのかもしれないが・・わたしは・・
ほんの数十分前のことだけど、もう、だいぶん昔の事だったような気がするんだけど・・
あの必死に逃げた、あの時の事を、今思い出すだけで・・なんだかドキドキワクワクする気持ちになってしまっていて・・忘れられないでいて・・また・・味わいたいとも思ったりもしていて・・イケない事だろうけど・・イケない事なのだろうけど・・

こう思えるのは、きっと生き残れたからだと思う・・安心したからだと思う・・
そして・・あの人を見たからだと思う。

誰もが恐怖し、この現実を受け入れず、絶望の中にいた私たちの中に、
あの人は、何食わぬ顔で、平然と現れ、そして、笑った。

異質・・

そう、場違いな笑顔で、わたしたちの恐怖を、一瞬で吹き飛ばしてくれた。

あの一発の銃弾の音でさえも、今思えば、わたしたちに、勇気を与えてくれた。

そして、誰も為し得なかった事を成し遂げた。

あの人は、残された人々を救出するため、化け物がうじゃうじゃいるプールへと・・

そのおかげで、誰一人、あの化け物に殺される事は無かった。

そう・・わたしが、置き去りにした友人・・浦尾マリコも・・・

彼女は、あの人に抱きかかえられ、無事、私の前に現れた。

心臓が飛び出しそうなほど、うれしかった。

キラキラと照明が輝く中、金色の王子様が、取り残された少女を抱えて悠々と生還・・・

時がゆっくりとなる・・スローモーション・・・

わたしは、そのように感じた。

彼の生還、取り残された少女の生還を目の当たりにした人々は、
わっと声を上げ、深く感動した。

手を叩く人、抱きしめ合う人、飛び跳ねる人、
もの凄い感動の渦の中、私は、わんわんと泣いた。

わたしの姿を見つけたマリコが、駆け寄ってきて、
「良かった無事で!」と、逆に言われ抱きしめられた。

わたしは、また、わんわんと泣いて「ごめんね・・」と言った。

まだ・・耳が熱い。顔が火照ってる・・
少し濡れた髪が、頬に貼り付いている。
瞼が重い・・

「はああ・・」

震える窓ガラスを見つめる。

少しだけ・・わたしの顔が、映っている・・その先・・
窓ガラスの向こうは、濃い霧で何も見えない。

いったい・・この窓の外で何が起こっているのだろうか・・

建物の外は・・化け物だらけだという・・・

二井 奈々は、唇に当てていた白い手を、窓ガラスに浮かぶ手形にゆっくりと合わせた。

冷たい外気を、窓ガラス越しに感じた。

指を動かす。

きゅっと窓ガラスがなった・・結露が指を伝う・・

「窓・・を開ければ・・・」

二井 奈々は、ゆっくりと窓の鍵に手を伸ばした・・

ビクッ!

肩を、誰かに持たれた。

思わず・・伸ばした手を引っ込めた。

頭の上に、暖かい息がかかる。

薔薇の香りがした。

金色の長い髪が、奈々の肩に乗った。

振り返らなくても分かる・・・

この人は・・

「デンジャラス・・ココ・・危険デース。」

またしても・・かあと、耳が熱くなった。

窓に微かに映る、わたしと、王子の顔・・

ドクドクと鼓動が早くなる。

「サア、行キマショウ・・」

もうダメだ・・「どこへでも連れてって」と思った。

わたしは・・初めて・・男の人を好きになった・・そう思った時、

「奈々〜ここに居たの!」マリコが、駆け寄って来た。

わたしは、ようやく振り返った。

すると、すでに、あの人は、帽子をクイっと深くかぶりなおし、
階段の方へと向かっていた。

あの人とすれ違うマリコが「ご苦労様です。アント様」と言った。

あの人の名前は"アント"というらしい。

「奈々、みんなと一緒にいないと危ないわ。まだ、終わってないんだって!」

「え?」

そう・・まだ終わっていないのだ・・この悪夢は・・・
先ほどの爆音、衝撃、そして、この濃い霧・・わたし達は・・まだ死ぬかもしれないという状況下にいるのだ・・

でも・・あの人は・・笑っていた・・

 

「あっ、アントさん。ここです・・破損したブロックは・・」

警備モニタに映る映像、赤くなったフロアを手でバンと叩いた。

画面に映る映像が揺れた。

「フーン・・・デ・・ソコハ・ナアーニ?」
ナニスルトコロ・・とアントは、聞いた。

阿々論隊長は、数名の警備員を呼び、話しを進めた。

「ここは、この施設の地下、コアブロックです。幸いそこには人はいません。」

「ドウシーテ?」

「このブロックは、簡単に言いますと、温泉のお湯を貯蔵するタンクだけがある場所なんです。」

「隊長、爆発の危険性は?」

「美津貝、その可能性はない。すでに火は止められているし、燃料はコッチ。隣りのブロックだ。」」

「しかし、問題は、この1階部分。ここですね・・外壁に大穴が空いてしまっています・・」

阿々論は、その洞察力で、冷静に現状を把握してゆく。

「ひい・・君・・そこ、すぐ横じゃないか!・・1階部分って・フロントの横だよ、それ・・・」
浪岩が、ビクビクしながら、アントの腕を掴んだ。

アントは、グイっと腕を振り払った。

「でも、隊長、そこは、無人ブロックですよね・・たしか、倉庫です。」
戸新隊員が、少しヨタった館内地図を、胸ポケットから取り出し、モニタと照らし合わせた。

「問題は、この衝突した物が何か・・だ。隕石のようなもの・・それとも・・」
あの・・化け物・・かもしれない・・と阿々論は、重い口調で言った。

「ひい・・」
ますます怯える浪岩支配人。

「アントさん・・モニタには、何も映っていません・・凄い煙で・・どう思いますか?」
阿々論は、モニタを睨みつけるように見つめるアントに言った。

しばらく、黙り込んでいたアントは、阿々論を見ずに答えた。

「星ハ友達・・マイフレンド・・ダカラ・・隕石ジャナイ・・ト・・思ウ。」

アントは、眉間に皺を寄せ、人差し指の爪を噛みながら、モニタを見つめ、また沈黙した。

そして、「ファイヤーウォール、ファイヤードア!アーリマセンカ?」と、
今度は、阿々論を見て言った。

「ファイヤー・・ああ、防火壁ですね、そうか、その手がありましたね。」

阿々論は、モニタを見て「この廊下の、この二カ所だ。」と、隊員たちに指示する。

直接、大穴が空いた外壁をフタをする事は出来ないが、
問題の部屋、その前の廊下を、防火シャッターで閉じてしまえば、少しは時間を稼げるだろうと考えた。

もし、あの化け物が、既に大穴から入って来ていたとしても・・また、これから、あの化け物が大穴から侵入してきても、容易に先に進む事が出来ないように・・幸い、まだ、モニタには、不審なモノ、つまり化け物は映ってはいない・・しかし、早急にシャッターを降ろさなければ・・
防火シャッターがある箇所よりも、こちらに来てしまっていたら手遅れになってしまう・・

阿々論は、額の汗を手でぬぐった。
じっとりと、手のひらに汗がついた。

「このブロックのシャッターは、この監視ルームからでは無理だ。他のシャッターも連動してしまう。直接、ここに行くしかない。私とアントさんが行く。他に付いてくる者はいないか?」

「では、僕も行きます。」と、戸新がゆっくりと手を挙げた。

戸新は、あの修羅場に居た。化け物がすぐ横にいた・・一番危険な場所に。

そして、生涯忘れることの出来ないであろう体験をした。
少しだけだが、アントのお手伝いをもした。

そのおかげ、達成感からか、戸新は、恐怖というモノに少しばかり慣れたような気がした。

新米によくあるコンバット・ハイだ。

きっと、隊長よりも、危険な場所に居たんだ・・という優越感があったのかもしれない。

それを見透かすように、「YOU。アブナイヨ・・」とアントは、眼を細めて言った。

ゾクリとした・・

阿々論は、何も言わず頷き「気を引き締めろ・・お前に何かあったら・・俺は・・」と言った。

「家族にあわせる顔が無い・・」と続くのだろう・・たぶん。

「はい、分かってます」と、戸新は、帽子のつばの位置を直した。

「では、浪岩支配人、ここは任せます。隊員は、訓練されていますので、ご安心を。もし何かあれば・・あ・・この・・美津貝に聞いてください。」

阿々論は、美津貝に何やらいくつか指示を与え、「頼んだぞ」と言って、肩を叩いた。

美津貝は、「了解しました」と、小さく敬礼をした。

敬礼した、その手が、少し震えていた。

阿々論は、ニコリと笑い「もっと肩の力を抜けよ」と、もう一度、美津貝の肩をポンと叩いた。

そして、踵を返し「それと、大鳥さん、再度アナウンスを。」と言った。

アントの横顔を、じっと眺めていた大鳥 鴒は、「はいいっ」と少し大きな声を上げた。

阿々論は、苦笑いをし「誰も部屋から、館内から出ないようにアナウンスをお願いします」と言った。

「では、行きましょう。アントさん。」

「ア、チョット待ッテ!プリーズ。」

アントは、もの凄いスピードで、フロント、待合い席の方へ走って行った。

そして、そこに座り込んでいる客の中から、数人指指して、呼びつけた。

「Youタチ坊主ッ!働ケッ!今、働カナクテドウスル!泣クナ!」

アントは、お客の中に、どこかの寺から来た僧侶御一行様を見つけたようだ。

「坊主スグサボル!ミー知ッテル。外ニイル坊主ハ、化物見タラ興奮スルンダゾ!」

アントは、日本の坊主、僧侶は、化け物を見たら興奮して、お経を唱えたり、戦ったりする職業だと思っているらしい・・

「コレ、ソルト。清ラカ。コレ持ッテ、入口ヲ守ッテクダサーイ。オ経唱エルンデース!」
アントは、手持ちのソルティーバレットを分解し、中から清めの塩を取り出し、
それを、泣きじゃくる僧侶に配った。

ガタガタと手を震わせる坊主、その手に、ひとりひとり"塩"を持たされていく・・・

そして、一番、位が高そうな僧侶、シワくちゃのおじいさんの襟首、
バスロープの襟首を、いきなりグイっと掴んで、
そのまま無理矢理引きずって、施設の入り口付近にまで引っ張って行った。

「うわーーーーッ」
手を挙げて、追いかける僧侶たち。

後に続かなくては、立場がないのか、それほど高僧なのか知らないが、
他の"位の低い"僧侶も、アントの後に続いた。

そして、横一列に座らされ、しばらくして
泣き声が混じったお経が、館内に響いた。

果たして・・あの坊さんらのお経が・・あの化け物たちに効くのだろうか・・

法事や、お葬式用じゃないのか??・・・

「南妙法連・・」と、よく聞くお経のフレーズ・・

無理矢理なのに、こんな状況で、よく唱えられるなあと関心していると、
その声を打ち消す程の大きな声で、檄が飛ばされた。

あの異国人は、「声ガ小サイデース」と言いながら、
なんと銃口を、高僧の禿頭に当てているではないか!!

「ひいっ」と悲鳴が上がった。

鬼軍曹に睨まれた坊主たちは、必死で、手をさすりながら、
腹から声を出して、お経を唱えだす。

あの人は、"僧侶"に何か"怨み"でもあるのだろうか?・・・・阿々論は、思った。
これまで、他の客には、紳士的な対応・・をしていたのに。

だがすぐに、「いかんいかん、あの人は、"出来た人"だ」・・少し可笑しいのは、
「外人さんだからで、日本、言葉に慣れていないだけだ」と思い直す。

それは、まったくの間違いで、何の根拠もない、ただの思い違いなのだが、
"アントは出来た人物"だと、阿々論は、誤解してしまっているようだ。

そして、「ああ・・外人さんなので、宗教が違うのだ」・・という所に落ち着いたのだ。

阿々論は、腰に付けた鍵を確認した・・
これが無いと、防火シャッターを作動できない。

「ああ・・そろそろ・・行かないと・・」・・と思った・・・

それを察したかのように「アントさん・・急いでくださーい」と、戸新が叫んだ。

「OK」と、アントは、手をOKマークにし、とても紳士的な笑顔で笑った。

その異国の騎士の笑顔のおかげで、阿々論は、何度も救われた気がするのであった。



つづく・・・