鈎針婆の章 おろし!! #72†儀式†

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「そろそろ、始まるようですね。」

「あら、そう。いよいよね。」

緋威露は、リスト帳を懐に入れ、キセルに火をつける。
そして、美味しそうな表情を浮かべ、煙の輪をはいた。

その煙の輪は、風に運ばれていく。
フェスティバルゲートへと。

ビュウウウウアアアア・・・・

赤い髪が風になびいた。
完全に"赤髪"となった赤神丞。

驚異の回復力だ。

黒いコートの裾が風に煽られ、銀毛狐の顔が覗く。

赤神丞は、塔のてっぺんにいる。

腰に差した斬新なデザインの太刀 霧雨を抜き、
何やら呪を唱えている。

屋根の上をゆっくりと歩きながら・・・

「へえ・・あの子、お父さんの教え通りやってるわねえ・・」
と、緋威露は、双眼鏡を覗きながら、キセルをくわえた。

「丞のおじいさんですか?」
黒死は、緋威露の方を振り向きもせず、赤神の返魂法の舞を眺めている。
口には出さないが、月に照らされた赤神の姿に、美しさを感じていた。

「ええ、そう。本当に、みっちり伝授されたようね。省略形じゃないわ、祭文も。」
緋威露は、いつになく真剣な顔をしている。
手に持ったままのキセルから、モクモクと煙が出ている。

「読唇術ですか?」
黒死は、少しびっくりした表情で、双眼鏡から目を離し、今度は、緋威露の方を見た。

「ええ、ほら、今の。その一文は無くてもいいのに。本当、クソ真面目ね。」
緋威露は、黒死を見ずに、赤神が唱える一言、一言、厳しくチェックしている。

黒死は、少し微笑んで、再び双眼鏡を覗く。

「あ、良かったですね。儀式に刀は必要だったんですね!」
赤神が振り上げた白刃の輝きに目を細めた。

「ん?そうでもないけど。まあ、刀があった方が儀式がスムーズに行くから・・
良かったんじゃない?おほほほ。」

緋威露は、すっと立ち上がり、キセルの灰を、空にばらまいた。

「あ・・はは・・ははは」

黒死は、その灰が風に運ばれていく様を眺めながら・・笑った・・・

月が、少しばかり大きくなった。
赤神が発する言葉に呼応するかのように。

いや、確実に呼応している。

月がだんだんと大きくなる。

つまり地球に近づいて来ているのだ。

まあ、裏返りの世界の月が近づいているのであって、
表の世界の月は、そんな事にはなっていない。

そう、今夜の月は、すでに"裏返って"いたのだった。

月の輪が、燦々と降り注ぐ。

あれほど、執拗に赤神に襲いかかっていた化け物の群れが、
今は、呆然と立ち止まっていた。

『おお・・アイツだったんだ・・』
と、執拗に、赤神を襲っていたピューマ男が言った。
今はもう赤神に見惚れている。

『おお・・そうだったんだ・・』
と、その横にいたカラス男も、腕に負った傷を抑えながら、呟く。

『この祭りの、祭司は・・あの男だったのか・・』
と、目玉カステラのおやじが、ラジオを抱きながら、噛みしめるように言った。

『なんたる事・・襲ってしまったじゃねえか!!ビタ1(ワン)よ!』
と、ムカデ男は、隣にいたビタ1の首をしめた。

『うっ・・そんなの知らないワン。お前だワン。』
赤神に、顔面をボコボコに殴られ、青タンだらけになったビタ1は、
ムカデ男の手を払い、走って逃げた。

『いよいよ、来るわね。アタシらも用意しなければ。』
パンストの女が、パンストをグイグイ股間に食い込ませながら言った。

『そうじゃ、そうじゃ、用意しなければ。ゴンドラが来ちまう!』
紅葉婆が、旨そうに、紅葉揚げをバリバリ食べながら言った。

 

「なんだか、化け物の様子がおかしいですわ。」
黒死は、双眼鏡で、化け物の表情をチェックする。

イヌ人間の顔、ネコ人間の顔、餓鬼の顔、死霊の顔を・・・

「もうすぐゴンドラが来るからよ。ほら、月があんなに。」
緋威露は、キセルで、大きくなっていく月を差した。

シュッ・・・

赤神が、祭文を唱え、刀を一振りすると、月は大きくなる。

キーン・・・と空気が張り詰めていく。

もうすでに赤神を襲うヤツはいなくなり、平静さが戻ってきたフェスティバルゲート、
しかし、二つの影が、建物の上を飛び回っていた。

ドガッ!!

シュダダッ!

『キャツが、この祭りの首謀者かよ!』
鉤針婆は、フェスティバルゲートの建物の上を走るジェットコースター、
そのレールの上に乗り、赤神を見て言った。

『それでも、邪魔するか?下のバカどもに一斉に攻撃されるぞ?鉤針よ。』
後を追う御伽婆が、地上の化け物を指さして言った。

『くっ・・しかし、許せん。』
分が悪かったとはいえ、一度掛かった針をミスミス外さなければならなかった事、
しかも、人間ごときに、夜の女王が逃げなければならなかった屈辱は、
鉤針婆にとって耐え難きことだった。

しかし、赤神を襲う余裕は、今は無い。
御伽婆との闘いは、思った以上にやりにくく、
そして、今夜のメインディッシュを釣れるかどうかも怪しくなってきた。
そう、一度逃がした餃子耳の女、それ用の置き仕掛けに・・少しでも力を注ぎたかった。

『大人しくするなら、ワシはお前を見逃してやるよ。』
ジリジリと間合いを詰める御伽婆。

『ナメるな御伽!キサマにワシが倒せるか?』
と、威勢はいいが、ジェットコースターの線路の上を後ずさりする鉤針婆。
やはりどことなく焦りがあり、逃げにまわっている。

『おう、倒せるとも。鉤針よ。』
と、御伽婆は、親指をペロリとなめ、自信たっぷりに笑った。

その時、屋根に置いた仕掛けの鈴が微かに鳴った。

チ・・リン・・・

鉤針婆は、その音を聞き逃さなかった。
待ちに待った鈴の音。

撒き餌に食らいついた音。
間違いない、分かる。感覚だけど、これは餃子耳だと確信した。

御伽婆も、その音を聞き逃さなかった。
屋根の上の、紙コップが、獲物の動きを感じ、スルル・・と動き出すのを見た。

その一瞬の隙、御伽婆の虚をついて、鉤針婆は、レールから壁に向かって飛んだ。

ヂュダッ!

それを目で追う御伽婆。反応が遅れ、身体は動けない。

鉤針婆、壁に飛んだのは、フェイント。

三角飛び。
そう、いったん逆方向の壁に飛び、そして、その壁を蹴って
御伽婆の頭上を越え、屋根に飛び移ったのだ。

そして仕掛け、糸電話を取る鉤針婆。

御伽婆は、遅れながらも鉤針婆の後を追う。

『クッ!ワシとしたことがっ!!』

鉤針婆は、ニヤつきながら、地上へ急降下する。

『うらっしゃああッ』

糸がピーンと張る。

それを横目で、赤神丞が見る。

 

『フーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!!!』

 

『ダメーーーーーーーッ!!』

ザッババババババッ!!

雨女酸性が、水柱を立てる!

「きゃああっ」

痢煙が叫ぶ!!

バシュッ!!

紙コップは、水柱を受け軌道がそれた。

シュッ・ズブッ!!

針は、痢煙の耳たぶをかすり、人差し指の第二関節部分の皮に食い込んだ。

「いたーいっ!!」

痢煙が叫んだ。

そら叫びたくなる。
いくら酒を飲んでいても、化け物の針は、もの凄く深く肉に刺さった。

その様子を一部始終見ていた赤神の顔つきが険しくなる!!

助けに行かなければ!!

「丞っ、今動いたらダメッ!!儀式が失敗になるわよっ!!」

緋威露は、とっさに叫んだ。

ギュッと、双眼鏡を持つ手に力が入る。

しかし、声は届きはしない。

『ぐああああああああっ』

屋根から飛び降りた鉤針婆!

落下速度が速くなる!

そう加速する!!

まるで掃除機のコードが巻き取られるかのよう、糸がシュババっっと、
鉤針婆の持つ紙コップに吸い込まれる。

そして、その勢いで自ら獲物に近づいてゆく!!

シュルシュルシュルルルルルルッ!!

少し遅れて、後を追う御伽婆!!

落下による風圧で、白いターバンとシミーズがはためいている!!

『ぬあああああああああああっ!!』

赤神は、痢煙の危機に、一瞬、我を忘れ動こうとした・・・
しかし、ここで儀式を止めるわけにはいかない。

今夜しかチャンスはない!
酒野肴の魂を救うには、今夜しか!!

『今は、儀式を続けなければ!』

そう、今、この儀式を行う事が出来るのは赤神しかいない。
祭文を唱えられるのは。

ゲームのように、一時中断、休止なんてものはない。
一度進めたら、途中で止めることなど出来ないし、
交代するなどという事も出来はしない。

最後までやり遂げなければならない。

既に、この儀式を行うために、尊い命を幾つか亡くしている。
その魂のためにも、やり遂げなければならない。
赤神には、その使命が、十分にある。

鋭い針が、赤神の胸に深く突き刺さったような感覚、ズキッとした痛みを覚えたが、
今は、それを押し殺すしかなかった。

祭文を唱える口調に、悲しみの色が伺えた・・・

シュダダッ!!

地上に着地する鉤針婆。
すぐ目の前には、髪の長い長い女性、高足痢煙 今夜のディナー。

『ここに居たんかあああああっ!餃子耳よおおおおおっ!!』
鉤針婆は、舌を自らの鼻先につけ、チロチロと舐めた。

「えええ!?餃子耳、意味わかんなーい! クソババアっ、これ外せよ!」

鉤針婆に、立ち向かう痢煙。よっぽどキレているのであろう。
しかし、それは、いつもながらに無謀であった。

『り、痢煙さん!ダメ!ソイツはっ!逃げて!』
雨女酸性は、痢煙の手をひっぱる。

『貰ったあああっ!!』

左手で、糸電話の糸を引き、痢煙を引き寄せ、出刃を突き出す鉤針婆!

「きゃあっ!」

前のめりに体制を崩し、引き寄せられる痢煙!

『やらせるかああ!』

頭上から、鉤針婆に飛びかかる御伽婆!!

痢煙の心臓目がけて出刃が迫る!

ギラリ!!

シュッババババババア!!

プチーン!!

糸が切れる!?

『なっ!!』

ドガーーーーーーーーーーーーーーーーン!!バキバキバキ!!

鉤針婆の身体が、地面に強烈に叩き付けられた!!

「御伽ラリアートっ!!」

『グアガアアッ!!』

ゴンゴロゴロゴロ!

転がる鉤針婆。まともに喰らってしまったようだ。

シュダ・・・

着地する御伽婆。

いったい何が起こったのか?

ぴくりとも動かない鉤針婆をちらりと見て、そして痢煙の方を見た。

痢煙の前には、漆黒の衣を纏う、坊主が立ちはだかっていた。

赤神は、屋根よりそれを確認し、微笑んだ。

祭文を唱える口調にも、覇気が戻り、反魂法も佳境に入る。

空怪 見参。

「痢煙さん、お久しゅうございます。なんとか間に合ったようですね。」

「間に合ってないよ!空怪いい〜っ。痛いよ、これ、なんなのよ、この針。
とって、これ取って。」

「はは、すいません。もう少し辛抱して下さい。目の前にまだ・・」
と言いながら、空怪は、御伽婆を睨んだ。

『キサマ、あの時の坊主じゃな。ワシのワザを盗みやがって・・』

盗まれたわりには、少し笑顔の御伽婆。悪い気はしていないようだ。

それは、己の"ワザ"で、鉤針婆を見事に撃沈したからであろう。

顔見知りの二人。

数年前、御伽婆と空怪は一度、拳を交わした事があった。
その時に、空怪は、御伽ラリアートを喰らったようだ。
空怪は、一度受けた化け物の攻撃(必殺技)を、コピーすることが出来る。

「御伽婆・・それで、貴女は?」

空怪は、ゆっくりと地面に刺さった鉄杖を引き抜く。

鉤針婆の糸、痢煙との繋がりを断ち切ったのは、この鉄杖であった。

空き缶娘を追いかけている途中、痢煙のピンチに気づき、放った鉄杖である。
それが、見事1mmも満たない糸を断ち切ったのだ。

鉄杖を引き抜くと、糸の切れ端が空に舞い上がった。

蜘蛛の糸のようにキラキラと輝いて・・糸は、灰となって消えた。

「また・・やり合いますか?」

空怪は、ゆっくりと、御伽婆に鉄杖を向けた。

御伽婆は、ニヤリと笑う。

『あせるな、ワシは、そちらのお嬢さんとは、仲良くしたい・・それが答えじゃよ。』

ふーんという顔をし、空怪は、痢煙の方を見る。
そして、痢煙を心配そうに見つめる、ひとりの女性の姿が目に入った。

『そなたは?』
空怪は、指を唇に当てて、女性の方へと歩みだした。

痢煙は、ニコリと笑って雨女酸性と手をつなぐ。

「さんちゃんよ。わたしの友達。今夜からだけどね。」

空怪は、もうすでに痢煙を見ていない。
トキメいている。

『そうですかお友達ですか。うらやましいですね。』
空怪は、そう言いながら、女性に握手を求めた。

もう完全にトキメいている。

「空怪とも友達になれるよ!さんちゃん、このお坊さん、空怪っていう名前。
わたしの友達だから安心して。」

痢煙は、雨女酸性の肩を優しく抱いた。

『あなたは・・人間ですか?』

雨女酸性は、両手を後ろに回して、小さな声で尋ねた。

「拙僧は・・」

空怪は、握ってもらえない手を、ゆっくりと引っ込め、悲しい表情をした。

「そんな事どうでもいいから、早く針を抜きなさーい空怪!」

空怪の目の前に、痢煙は、針の刺さった指を「これでもか」といわんばかり、
めいっぱい近づけた。

「あ、申し訳ない。今抜きますから。」

空怪は、慌てて痢煙の手を握った。

「痛くしたら、許さないから。」

キッと睨んだ痢煙の顔は、とても魅力的だが、
やはり空怪は、トキメかなかった。

鉤針婆の様子を見ていた御伽婆が、近づいてくる。

『おお、雨女・・三世か・・キサマは。』

眼を細める御伽婆。

能力を見ているのか?

雨女酸性も、同じく真剣な眼差しで御伽婆を見返した。

『はい、オババさまの事は、母から聞いております。』

空怪は、痢煙の針を抜きながら、雨女酸性の方をちらりと見た。
その瞬間、痢煙に頭を叩かれた。「よそ見をするな」・・と。

『ワシのダンボールを濡らしたらタダではすまんぞい?いいな。』

ニヤリと笑う御伽婆。

『は・・はい。』

おさげ髪をなぞる雨女酸性。

年功序列を重んじる御伽婆、やはり初見で、ニラミをかけるのであろう。

霊格は、雨女酸性の方が上。どちらかというと化け物ではなく、神に近い存在。
痢煙に会うまでは、荒魂となっていたが、今は和魂となりつつある。
メロンソーダで、少し酔い気味だが・・

『う・・う・・』

御伽婆の後ろから、うなり声。

その声で、二者の沈黙の闘いは終止した。

『う・・う・・・う』

鉤針婆が、目覚めようとしている。

後ずさりする御伽婆。

『し、しつこいのおう・・』

空怪は、背を向けている。
まだ、その事に気づいていない。

痢煙に集中している。

集中治療。

よそ見は、厳禁だ。

ゆっくりと雨女酸性は、鉤針婆に近づく。

そして、真っ黒い雲を発生させ、その雲で鉤針婆の身体を包みこんだ。

『これで、しばらく動けない・・と思いますわ。』

『ほう・・さすがじゃな。やはり、霊格がワシらとは違うのかいのぉ。ん!?』

御伽婆は、周りを見た。

何かが起こる・・そんな前触れに気づく。

『くくく・・いよいよじゃな。』

御伽婆は、嬉しそうに呟いた。

雨女酸性も周りを見て、その前触れを認識した。

『そう・・みたいですね。』

「抜けました・・ん?」
空怪も、その前触れに気づく。
そして、引き抜いた針を口に咥えたまま、空を見上げた。

目を細める空怪。

月が最大に大きくなっている。

その月を背に、赤神は、刀を振り上げ、月の光を受けていた。

金色に輝く赤神。

この瞬間、フェスティバルゲートに集うもの全てが、
赤神の神々しい姿に心を奪われた。

静寂に包まれる裏返りの世界。

子連れの古狸が、赤神の神々しさに感銘を受け、その沈黙を破る・・・

『何という労りと友愛じゃ・・月が扉を開こうとしておる・・おお・・子供達よ・・
ワシのめしいた眼の代わりに、よく見ておくれ・・・』

『ババさま、赤い髪の美しい人が、銀色の狐を肩に乗せ、
金色に輝く屋根の上に立っているわ!』

『おお・・おお・・古き言い伝えは誠であった・・・
その者・・黒き衣を纏いて・・金色の屋根に降りたつべし・・
失われた魂との絆を結び・・ついにその魂を清浄の地にみちびかん・・
ああああ・・・・』

痢煙は、針が抜かれた所をひたすらペロペロと舐めている。

その時、電話が鳴った。

ジリリリリリリリリン・・・

『痢煙さん!!電話よ!』

雨女酸性が、地獄電話を指さした。

「あ、肴ちゃんからだ!」

地獄電話に駆け寄る痢煙!

即身成仏の坊主電話、その手首受話器を、強引に引き抜く。

バキ!

「もしもーしっ!」

それと同時に、痢煙の手の中の羊皮紙に、メッセージが流れる。

「地獄の月を見ろと肴に伝える」と。

パカッ

月が割れた。

大きな音を立てて。

満月が欠けた。

いや、月の半分が、まるで扉のように開いたのだ!!

古狸が言ったとおりだ!!

痢煙は、受話器を耳に当てながら、月を見る。

受話器の向こうで、肴が何かを言っているが、そんな事は今は無視だ!

まだ、羊皮紙のメッセージも伝えていない。

空怪も、おでこを眩しく光らせながら、割れた月に心を奪われている。

トキメキ絶好調!

雨女酸性も、御伽婆も。

赤神も、今は月に心を奪われいる。

 

もちろん、この二人も、まったりと月を鑑賞していた。

「す、すごい、月が欠けましたわ!」

飲みかけのお茶をこぼしそうになる黒死。

「ふ、まるで、コントね。」

キセルの灰を落とす緋威露。

でも、少し嬉しそう。

緋威露も生まれて初めて見る光景だったのだ。

つまり、返魂法を、緋威露は、まだ実際に行ったことはなかったのだ。

「あ、何か出ました!」

興奮を隠せない黒死。

プシュウウウウウ!!

月の欠けた部分から、白い煙が吹き出し始める。

「スモークだあ。スモークサーモン」

意味の分からない言葉を囁く痢煙。

電話の向こうで、肴が「え?なに?サーモン?え?」と叫ぶが、
聞いてもらえない。

そうこうしているうちに、肴のテレ魂カードの度数が3減った。

プシュウウウウウ!!どんどん月の扉から煙りが吹き出てくる。

そして、みるみるうちに、その白い煙は、フェスティバルゲートに充満する。

濃霧だ。

踊り狂う化け物、黒い影たち。

「うわっ・・・バルサン・・みたい。」

黒死は、パンを囓りながら小さく呟いた。

『おおお・・いよいよじゃ・・』

御伽婆が手を叩いて、興奮する。

『くる、くる、くるうううううっ』

『ゴンドラアアアアっ』

化け物も、手をあげて、飛び跳ねる!

ボウ!ボウ!ボウ!

とてつもなく大きい鬼火、かがり火が、屋根に、幾つも灯されてゆく。

そして、能面をつけた死霊の合唱団が、屋根、3階、2階の渡り廊下などに出現する。

また、死霊のオーケストラ楽団も出現し、調律をしはじめる。

それらは、赤神が召還したわけではない。

ゴンドラ祭りを盛り上げるため、地獄から、
チュイーン オーケストラ楽団、キガ大魔堂少年合唱団が、
あの男によって招集されたのである。

祭りと言えば、あの男。
しかし、あの男の姿は、まだ見当たらない。

ダーーン・・・ダーーン・・・

太鼓の音が、鳴り始める。

いよいよ、ゴンドラ祭り開催である。

ダーーン・・・ダーーン・・・ダーーーン・・・ダーーーン

ダン・ダン・・ドコドコドコドコドコドコ・・・

ダン・ダン・・ドコドコドコドコドコドコ・・・

ダン・ダン・・ドコドコドコドコドコドコ・・・

その太鼓の音は、ゆるやかなリズムから、だんだんと速いリズムへと変わってゆく。

ダン・ダン・・ドコドコドコドコドコドコ・・・

腹に響く音。脳を駆けめぐる、このリズム。

ダン・ダン・・ドコドコドコドコドコドコ・・・

ここに集いし者の魂をハイにしていく・・・

ダン・ダン・・ドコドコドコドコドコドコ・・・

その抑揚を感じ、群衆は、足踏みをする。

ザッザッザッ!ザッザッザッ!ザッザッザッ!

その足音は、いくつも重なり、地響きを起こした。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・

その振動もまた、この"異様なはじまり"を装飾させた。

涙を流す化け物。

空怪も感極まって涙を流している。

そして、その者たちに追い打ちをかけるかのように、
この辺りにある教会の鐘の音が、まるで狂ったかのように鳴り響いた!!

ゴーン・・ゴーン・・ゴーン!!
ゴーン・・ゴーン・・ゴーン!!

号泣する瞬間だ!!

ゴーン・・ゴーン・・ゴーン!!
ゴーン・・ゴーン・・ゴーン!!

それまで静止していた死霊、能面を被った死霊の合唱団が、鐘の始まりと共に、
一斉に歌を唄い出した。

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

フェスティバルゲートに、地獄のゴスペルがこだまする。

もの凄く力強い歌声だ。
脳髄を直撃するかのような怒濤の歌声が鳴り響く!!

その歌声をもっと重いものに変える強烈な旋律、
重奏で伴奏を奏でる、チュイーンオーケストラ楽団。

すべての化け物は、大感動で、その場から動けないでいる。

空怪も涙を流し、ピクリとも動かない。

曲名 地獄魔歌 第666章 ノーメン 
作曲 マッハ 作詞 ダミアン 

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

『今夜〜彼の地より〜ひとつの魂が〜返ってくるう〜』
『返ってくる〜』

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

『そして〜この地より〜たったひとつの魂だけ〜彼の地にゆけるう〜』
『たったひとつだけ〜』
『たったひとつだけ〜』

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

『ゴンドラに乗って〜』
『ああ〜ゴンドラに乗って〜』

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

『さあ祈りなさいい〜』『ゴンドオーラッ ウィ!』
『さあ願いなさいい〜』『ゴンドオーラッ ウィ!』

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

『さあ争いなさいい〜』『ゴンドオーラッ ウィ!』
『さあ血を捧げなさいい〜』『ゴンドオーラッ ウィ!』

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

『行くことを許されない者どもの最後のチャンス〜』『ゴンドオーラッ ウィ!』
『今、ゴンドラはこの地に降り立つ〜』『ゴンドオーラッ ウィ!』

『ノーメン! ダメヤン!』
『ノーメン! ダメヤン!』

 

パシャリ!!
パシャリ!!

「す、すごいぞ!」

パシャ、パシャ、パシャ!

「いい画だ!いい画だ!」

パシャ、パシャ、パシャ!

「ああ・・月・・月よ・・開け、開け・・開け、開け・・もっと開いてくれええっ!」

パシャ、パシャ、パシャ!

「くう〜、た、たまらん。」

地獄の歌声とオーケストラの頭蓋骨に振動する演奏、
そして、歓喜の声が渦巻く中で、
死悶は、取り憑かれたかのように、ひとりシャッターをきり捲るのであった・・・。

つづく・・・