鈎針婆の章 おろし!! #71†棺桶電話†

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足の裏を地獄の鬼がマッサージしてくれている。
幽霊になれば、足は無くなると思ったが、そうでもないようだ。
とても気持ちが良い。
そして、この血のお風呂の温かさも、なんとも気持ちがよい。
今はもう体内に流れる血液はない。懐かしい感じがする。

"月刊パルナスボックス" で連載していた奇人漫画家 "酒野肴" は、
25歳という若さでこの世を去った。

生前は、少女漫画界の異端児と云われ、新風を巻き起こしたものだ。
いよいよ、初単行本「哀しいけどこれが42ページなんだよね」が、
発行される前に、謎の急死をとげた。
囚栄社(シュウエイシャ)は、急遽、発行を取りやめてしまい、
酒野肴の遺作が、世の中に出ることはなくなった。

彼女の死はいったい何を意味していたのだろうか?

酒野肴は、なぜ自分が死んだのか理解できなかった。

ただ、ひとつ分かる事は、
友人 高足痢煙に、あの忌まわしき馬凄(バス)に、
置き去りにされて死んだのだということだ・・・

しかし、それは、間違いだったという事を、
この "鬼百合倶楽部" で豪遊中に聞かされた。

馬凄で会った、一人の少女、縛 架逢南(しばり かあな)。
彼女が、裏ダウンページ(死亡者頁)で、
「酒野肴の項目」に記述されていた電話番号に、問い合わせをしてくれたようだ。

「なぜこの若さで」自分が死なねばならなかったのかを・・・

そう・・酒野肴の死の直接の原因は、"疑惑を抱いた" からであった。
その疑惑とは、"痢煙の死"・・・であった。

 

以前、錐女(きりおんな)によって、痢煙の魂が地獄へ拉致された時、
赤神は、スパイとして潜入していた組織、
『赤悪伝鬼(あかあくでんき)』の闇ルートを使い、
生贄牡羊が作りだし、秘密裏に保管していた、高足痢煙のクローンを入手する。
それは、痢煙の家族、友人、職場の人々に、痢煙の事実上の死を、
少しの間だけ、隠蔽するためであった。
痢煙の魂を地獄より連れ戻すまでの期間である。

入手したクローンは、髪の毛も何もない、マネキン状態。
魂はもちろんなく、本当に抜け殻だった。

そんな、なんら人形と変わらないクローン痢煙に、
プログラマー"蛙微津斗(あびっと)1115"の技術と、
赤神家に伝わる秘術、傀儡の力で操り、
痢煙もどき『痢煙姫マーク2〜おいたはダメよ♪〜』を作り出した。

しかし、その赤神のクローン横領は、生贄牡羊に、すぐに発覚されてしまった。
その上、痢煙もどきが作られたという情報も入手されてしまった。

そして、それにより生贄牡羊は、あるプロジェクトを発案した。

「痢煙オリジナル肉体奪取作戦」

錐女に魂を抜かれた痢煙の肉体は、赤神によって"ローチン"の冷凍庫に保管されていた。
痢煙の魂を連れ戻すまでの間に、腐ってしまわないようにするための処置だ。

生贄牡羊は、その肉体、痢煙オリジナル肉体に目をつけた。

痢煙のオリジナル肉体を、霊魂の"憑しろ"とし、
最強の羊兵(ようへい)を作る「羊兵R化計画」

それが、生贄牡羊の狙いだった。

そして、鬼の居ぬ間に、オリジナルとクローンとを交換し
計画を発動させた。

しかし、赤神が操るクローン、"痢煙もどき"に、その奪取の瞬間を目撃されてしまう。
このままだと、赤神に、オリジナルとクローンを交換した事がバレてしまい、
計画が失敗してしまう恐れがあるので、急遽、作戦には、組み込まれてはいなかったが、
痢煙もどきを殺害することになった。やむをえない処置だった。

しかし、その痢煙もどきの殺害を、酒野肴が知ってしまった。
だが、肴は、それが"痢煙もどき"だとは、まったく知らなかった。

故に、本当に痢煙が死んだと思い、漫画家根性で聞き込み取材を行ってしまう・・・

・・それが誤りだった・・

そして、踏み入れてはならない所に足を踏み入れた酒野肴は、
生贄牡羊によって、地獄送りにされた -------------

・・・そう、縛 架逢南は、教えてくれた。

そして、彼女は、哀しそうな顔をし、
「貴方も"羊"に関わって・・命を亡くしたものだったのね・・」
と云い、姿を消した。

 

-------どれだけ経ったのだろうか・・ここ、鬼百合倶楽部に来て。

時間の概念が、死んでしまうと狂ってしまうのか?

酒野肴は、うとうとしながら、マッサージを受けていた。

『酒野肴さま、さきほど、ご友人から、お電話がありました。』

アシスタントの若い少女が、うつぶせに寝ている酒野肴の耳元で囁いた。

酒野肴の目は、ゆっくりと開いた。

『だれから?』

『高足痢煙様からの地獄電話でございます。』

酒野肴は、タオルの上に置いてある、眼鏡を取り、
アシスタントの顔を見る。

『う・・ん、どうすればいい?』

『そうですねえ、棺桶電話ボックスコーナーが2階にありますので、
そちらをご利用ください。はい、これが電話番号です。』

『ああ、ありがとう。あっちの、肋骨階段を下りたら、良いんだよね?』

『はい、そうです。お客様、お電話終わりましたら、
次は、針ツボマッサージですので5階にお越し下さい。』

『はい、マッ鬼先生ありがとうございます。では。』

酒野肴は、白いタオルを体に巻いて、血の池ルームを後にする。
そして、赤い絨毯の廊下を歩いた。
マッサージのおかげで、軽快に歩く事が出来た。

魂が回復しているようだ。

豪華なしゃれこうべのシャンデリアがある階段を降り、
棺桶電話ボックスコーナーへと向かった。

少し2階は、照明が暗くなっていた。

燕尾服を着た老人が、ニコリと微笑んだ。
棺桶ボックスコーナーのドアマンのようだ。

『お客様、カードはお持ちでしょうか?』

『カード?』

『はい、このテレ魂カードでございます。』

『持ってないわ。』

『では、これを。酒野肴様。本来の寿命、残り寿命だった60年分の度数があります。』

『あ、ありがとう・・・』

『どうぞ。奥へとお進みください、奥の方が空いておりますので・・』

廊下の両サイドに、棺桶が立てた状態で、ぎっしりと並べられている廊下。
これが、棺桶電話ボックスコーナーである。

棺桶の中にいる貴族のミイラが、電話機本体である。

使用方法は簡単、一緒に棺桶に入って電話をする。

初心者には、優しくミイラが説明してくれるので心配ないらしい。
テレ魂カードと一緒に、ガイドをドアマンは渡してくれた。

酒野肴は、薔薇で装飾された扉をくぐり、ゆっくりと中へと入った。

パーン・・・

パイプオルガンの音が聞こえてきた。

静かに音楽が流れている。

天井には、明かり取りのステンドグラスの窓。
その窓から、オーロラのうような光の帯。

酒野肴は、心を奪われた。

『あなた、邪魔よ・・』

たたずむ酒野肴を、一人の霊が肴をキッと睨みつけ、
肴の身体にぶつかるような感じで、通り越して行った。

しかし、お互い透けた状態、スケスケモードだったので、
ぶつかる事はなかったが、なんだか冷たい気分に襲われた。

"霊"は、100%実態モードから0%のスケスケモードになれるのだ。

実態60%以上なら、物質を触ったり、持ったりする事が出来る。
それ以下の場合なら、透明となり、姿を隠す事が出来る。

それにより、他の霊にぶつかったりする事もないが、
逆に物を触ったり、持ち運んだりする事もできない。

それを、ある程度コントロール出来ないとダメらしい。
縛 架逢南にそれらを教わったおかげで、酒野肴は、霊として存在出来ている。

死んでもイマジネーションが大切だという事だ。

たとえば、衣服を着ているとイメージしなければ、衣服を着ていない霊となり、
自分は人間の姿であるとイメージしなければ、人間でない姿となる。
そして、どんどん低級な霊となってしまい、、ゆくゆくは、何もイメージ出来なくなる。
最後には、魂は、地獄の渦に吸い込まれ、消えてしまうらしい。

落ちたタオルを、身体に巻き付け、
酒野肴は、『イメージ、イメージよ』と心の中で何度も呟いた。

しかし、湯上がり気分が抜けない今は、まだバスタオル一枚のイメージなのだ・・・

そして、また霊とぶつかりそうになり、スケスケモードとなる。

また、タオルがハラリと落ちた。

入口付近は、ドアマンが言うように、本当に霊で混み合っていた。

最近、"俺俺詐欺"が多発しているらしく、利用者が急増したからだそうだ。

どの棺桶の蓋も閉ざされており、赤い鬼火が揺らめいている。
ガイドには、使用中という意味だと記述されていた。

『あれも・・これもか・・』

入口近くの棺桶は、やはり使い勝手がいいのか、どれも使用中のものばかり。

ドアマンが言うには、奥へ進めば、空き棺桶もあるらしい。

『めんどくさいなあ・・・』

酒野肴は、頭を掻きむしりながら、ため息をついた。

すると廊下の隅にいる、案内係の霊が、『もっと奥へ』と誘った。

仕方なく、酒野肴は、言われるがまま奥へと進む。

中には、使用中の棺桶の前で、静かに待っている幽霊もいる。

その棺桶がお気に入りなのか、そのボックスの中で話している霊のツレなのか、
膝くらいの鉄柵に、座りながら、冷たい眼で、通り過ぎる肴を見た。

酒野肴は、それを尻目に、奥へ奥へと進んでいく。

無限に続く廊下と棺桶・・

赤黒い絨毯の上を滑るように歩く。

そう・・ひたすら歩く・・・薄気味悪いこの廊下を・・・
数人の霊とすれ違いながら・・・

そして、ようやく空きの棺桶を見つけ、立ち止まった。

青い鬼火に照らされ、薔薇に包まれた漆黒の棺桶。

ー 故 カルオス・ソワフラン・ド・ジェジャル
 「フランスパン革命 バスティーユ厨房にて散る」ー

と刻印されている。

『ああ・・ベルサイユのパン・・ね。』

酒野肴は、ゆっくりとその麗人が眠る棺桶の蓋を開けた。

ギギギ・・バタン・・・

そして、棺桶は閉ざされた。

 

『確かに、ヤツの首は受け取った。』

ナポレオン時代の豪華絢爛な軍服を纏う男の霊が、棺桶から顔を出した。

『はい・・』

か細い女の声・・棺桶の影に隠れているので、その姿は見えない。

『私は、ジンギス艦に戻り、今からヘルタイム2時間後に、暁の空を飛ぶ。』
と、男は、金色の懐中時計を取り出し、地獄時間を確認する。

白い髪、その巻髪が、クルリと跳ねた。

『D.D.D。私はこれまで通り、現世に戻って任務を遂行します。』

女は、一歩前へと進む。

『あの女性か・・新たな犠牲者は・・・』

D.D.Dと呼ばれた男の霊は、向かいにあるカルオスの棺桶を見つめ、
哀しそうに呟いた。

女は、『うん』と頷きながら、D.D.Dの横に並び、男の顔を見上げた。

『生贄牡羊 ターメリック・ガンジスによって殺されたみたいですね・・・』

『百面相のターメリックか・・しかし、すでに奴は死んでいる。』

男は、懐中時計を胸のポケットに仕舞う。

『魂は?』

少しの沈黙の後、女は、男に尋ねた。

『君が、腰巾着を殺した時に、ターメリックの魂は、すでに取り押さえているよ。
今はジンギス艦内の独居房にいる。』

男は、白い歯をみせ、ニコリと笑った。

『では、酒野肴を、同胞に?』

女の目がキラリと輝いた。

『同胞?架逢南よ、我々は、生贄子羊(いけにえのこひつじ) ラム計画の子だ・・』

首を横に振る男。

『しかし・・彼女の額には、"贄"の文字が・・』

縛 架逢南は、自分の額に指をあてる。

『・・"贄"だと・・・なら、やつは、マトンだな・・』

男は、静かに言った。

 

つづく・・・