鈎針婆の章 おろし!! #69†胎児電話†

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何十年も前に、この家は捨てられた。
以前は、美しい白い壁だったのだろうが、
今は、見る影もない。

長い年月、強い日差し、風、雨にさらされて、
どこもかしこも傷んでしまい、
少し触れればボロボロと剥がれ落ちてしまうほど、壁は腐っていた。

昔は、さぞ美しく光沢があったであろう柱も、
今は、屍色の割れた柱に成り下がっている。

それでも、この廃墟は、まだ取り壊される事もなく、
ツタが絡んだ背の高い石塀と、人が入る事を拒否する雑草に守られていた。

通天閣が、この敷地内からよく見える。

直ぐ後ろには、串カツの店、ふぐ料理などで、
賑わう"真世界"、"チャンチャラ横丁"がある。
そして、目の前には、世界の温泉がある。

朝から夜まで賑わう街と、老若男女の笑い声がこだまする娯楽施設に、
この家は囲まれている。

決して異世界のモノではない。
これは、真実そこにある廃墟屋敷。

この家は、もはや、家という役割、意味をもたないでいる。
まるで、お芝居のセットみたいに、壁が無い家となっている。
四方あるはずの壁、その壁の一面だけが無いのである。
2階建ての家の中が、世界の温泉側からだと、まるで瓶の中の蟻の巣を見るぐらいに・・よく見える。

焼け落ちたのだろうか?
壁や柱に、ススが付いている。
火事のため、その一面だけが崩れ落ちたのだろうか・・

それにしては、あまりにも綺麗に無くなっている・・・

何か別の力が・・・

ザザ・・

ザザ・・

風が吹く・・

草木を揺らす。

ザク・・

ザク・・

足音がする。

ザザ・・

パキ・・

パキ・・キ・・

人の背丈ほどある雑草が、音を立てて・・折れる。

月の光が、その者を浮かび上がらせた。

その者の目が、黄緑色に輝いた。

LEDの眼球を持つ怪僧、森魚。

男は、人目を忍んで、この廃墟の庭に足を踏み入れた。

秋には、黄色の花を咲かせるセイタカアワダチソウ、通称 "毒の花"が生い茂る庭に。

ツタが絡まり、枯れたアワダチソウの間を潜って・・・

森魚が、歩くと、ワタボウシが風に舞う。

月が、いちだんと大きくなっていく。
とても幻想的な夜・・・

廃墟屋敷は、月明かりに照らされて、より不気味にそびえ立っていた。

森魚は、立ち止まり、目を細めた。
何かを、まるで気にしているかのように・・・

一筋の汗が、額に流れた。

扉があったであろう、入口を潜り、
一階には、目もくれず、すぐに階段に向かい、駆け登る。

森魚は、何度かこの屋敷に来ている。

2階は、なんの仕切りも今はなく、
気になるのは、コンクリートの床に空いた、大きな穴。

そして、燃え残った、机とイス・・・

その他は、全て灰になり、風によって何処かへ運ばれたようだ。

堅い木の机とイス、燃えた痕はあるが、
まだ、机とイスの機能は残っているようだ。

森魚は、そのイスに腰をかけ、机に肘をのせた。

そして、頭を抱えた・・・

『全滅・・だと・・』

森魚は、ダンナアに、ハイル・ビニール100体を送ったが、
どういうわけか・・・全滅した。

この現実を、どう受け止めたら良いか分からなかった。

しかし、次の行動を取らなければならない。

この屋敷に来たのも、当初からの計画だったからだ。

マザーが、ここで待てと・・・
なんらかの方法で、連絡をすると・・

森魚は、チラリと床に空いた穴を見た・・

一階へと続く穴・・そして・・地中へ・・

それは、月明かりも届かない深い、深い穴。

不快・・・穴。

また、汗が流れる・・・この不快な感じはなんだ・・・

森魚は、この"不快な"何かに、背筋をゾゾゾと触られた・・・

『来たな・・』

『ヒッ』

森魚は、イスから落ちそうなほど驚いた。

机の上に、15センチほどの胎児・・赤子が、2本の足で、直立して立っている。

片目だけ開いた血まみれの赤子が・・

その片目は、白く濁っている。

『わたしだ・・・』

恐ろしく低く唸るような声が、その赤子の口から発せられた。

『マ・・マザー・・』

森魚は、大量の汗を流した。

『胎児電話だ。』

赤子は、そう言いながら、自分のヘソの緒を、掴んで見せた。

ヘソの緒は、屋敷の塀を越えて、何処かへと続いてた。
あり得ぬ長さだ。

『このヘソの緒は、わたしの胎盤に直通だから、盗聴される心配もない。低俗な彼奴らに、聞きつけられる事もな。』

まるで受話器コードをグルグル指で絡めるかのように、
血まみれの赤子が、自分のヘソの緒を、腕で絡めている。

『マ・・マザー・・』

森魚は、ますます大量の汗を流し、その赤子の目を見た。

『ぐああっ』

森魚の鼻の穴に、赤子の腕が突き刺さった。

『ゴフ・・』

赤子の腕から、森魚の血が伝い、机の上にポタポタと落ちた。

『ふーん・・』

『す・・すいま・・せん・・ゴフ・・』

『お前、今夜、三度敗北した。』

『・・え?』

『油断したな・・しかし、まあ良い。過ぎた事・・・』

『申し訳ございません・・・』

『お前・・倒したと思っているな?・・赤神丞。彼奴は、生きている・・』

『そ、そんなハズは・・』

『いや、生きている。そして、今・・・ここに居る。』

『ど・・どういう事に・・』

『お前の記憶回路から読み取ったが、あの状況なら勝ったと思うよなあ。』

『わたしは、本当に全力で!』

『シッ!静かに・・騒ぐな・・』

『は・・はい・・』

『流れは変わったんだよ・・我々のプロジェクトも、少し変更せねばならんぐらいに。』

『わ・・わたしには・・まだ・・状況が・・』

『赤神は、今夜、偶然にも、反魂法を、フェスティバルゲートで行う。そう、偶然にな。
わしらのすぐ側で・・すでに、その事を聞きつけた低俗霊や、化け物らが集まり、
裏返りが起こっている。"ゴンドラ祭り"だと・・ケッ・・バカ騒ぎを・・』

『そ、それでは、プロジェクトは・・』

『フフフ、かえって都合が良くなったんだよ。反魂法とは、あの世から魂を呼び戻す方法。
その時、使用するのが、玉水晶。一時的に、魂のよりしろにする法具だ。
気づかぬか?・・・同じではないか?・・アレと・・』

『た・・魂の瓶・・』

『そう・・・今夜だ。今夜、"あの女"の魂を、採取しなければならない。』

『"魂の瓶"か、"玉水晶"・・・どちらか、必ず手に入れなければ・・』

『手に入れろ・・そして・・その穴へ・・』

ビュルルルルルルルルルル!

まるで、掃除機のコードが、本体へ戻るかのように、
もの凄い勢いで、胎児電話は、何処かへ飛んでいった。

『ゴフ・・ク・・』

勢いよく引き抜かれた赤子の腕、
森魚の鼻の穴から、血が付いた白色のおたまじゃくしが流れ落ちた。

ビシャ!・・・おたまじゃくしは、机に音を立てて落ちた。

血だまりの中を、バタバタと尾をばたつかせ、
ミルミル大きくなって、あらぬ姿に形を変えた。

ゲームカセット・・・森魚専用の・・・

それには、"ザ・コーン & ハイル・ビニール"とラベリングされていた。

 

つづく・・・