鈎針婆の章 おろし!! #65†出会い†

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銀色の小狐が言った。
『あれが・・痢煙・・』だと。

おさげの女が言った。
『あれが・・赤神・・』だと。

語らずとも分かった。

痢煙と、赤神、
化け物の渦の中、二人は対峙する。

それぞれの思いを胸に・・・

見つめ合う二人・・・

痢煙の頭上にある雨雲は、先ほどのショックで、
今は雨を降らしておらず、痢煙の顔は、はっきりと見えている。

「遅い・・・」
ふくれっ面になる痢煙。

「ああ・・すまない」
髪を掻き上げる赤神。

その髪を見つめ、痢煙は言った。
「毛先だけ・・黒いね。」

赤神は、自分の髪を見た。
髪の根本から、半分ぐらいまでの長さまで、赤く戻っていた。
毛先は、痢煙に言われたとおり、まだ、真っ黒だった。

赤神の髪は、化け物を一発殴る度に、
少しずつ、根本から赤色に戻ってきている。
鬼の血、鬼の力の復活の兆し。

言われて初めて、自分の回復に気がついた。

「そう・・みたいだ。」

その二人の"時間"を、静かに見つめる、一匹とひとり?・・・

その両方の胸に、キュンとなる痛みが走った。

『なんなんだろう・・・この感じ・・』
葛遊は、赤神の身体に、ぎゅっと顔を押し当てた・・・

『赤い眼・・・』
雨女酸性もまた、痢煙の手をそっと握った・・・

「貴女が、痢煙さんを?」
目を細める赤神。
ようやく、雨女酸性に気づいた。

そう、今まで痢煙しか見ていなかったのだ。

「さんちゃんって言うのよ。」
と、言いながら、痢煙は、鞄の中からコロリを取りだした。

雨女酸性は、赤神の赤い眼を、じっと見ている。

「そうか・・ありがとう・・その雨雲で、痢煙さんの姿を消して下さり・・」
赤神は、一礼し、痢煙の方へと歩き出した。

雨女酸性は、少し驚き、痢煙を見た。
「怖がらないで・・」
と痢煙は、雨女酸性の耳元で囁いた。

「痢煙さん、予定通り、肴さんの魂を、今夜、地獄から戻します。」

赤い前髪が風に煽られ、その左目が、月の光でキラリと輝いた。

「はい。」

痢煙は、赤神の、その端正な顔立ちを、じっと見つめる。

「ここに、痢煙さんが、これから"する事"が書いてありますので、
しっかり読んで、それを遂行して下さい。」

羊皮紙に、赤い文字で、なにやら書かれていたが、
すぐに折りたたまれたために、読むことは出来なかった。

「はい。この紙に書いてある事をすればいいのですね。」

痢煙は、赤神から、その紙を受け取った。

一瞬、手と手が触れる。

「そうです、そして、これが、玉水晶です。」

赤神は、手の平よりも、少し小さい水晶玉を取り出して、
痢煙の手にそっと置いた。

ずっしりと重さを感じた。

「これは、大切な物です。魂を入れる容器みたいなものです。
決して落とさないでください。」

痢煙の手、水晶に、赤神は手を添える。

「はい、了解。出来るだけ、がんばります。・・あは。」

痢煙は、小さく敬礼をした。

クスッ・・と赤神が笑う。


『あ、赤神様!』

葛遊が叫んだ。


バキッ!


少し、赤神に近付きすぎた化け物が倒れる。

また、距離を取って、様子を伺う化け物たち。

痢煙も、一応、葛遊の声に反応して、
習ったこともないのに、拳法の構えをしていた。

そして、止めた。

「はい、がんばりますので、お願いしまーす。」

痢煙は、ペコリとお辞儀し、水晶玉を鞄に入れた。


『ういっ 可愛い娘さんじゃのおう。』


急に声がした。

「ん!?」

振り返る赤神。

『うひひひ、油断してたらやられるぞ、坊主。うひっ』

曲がった背中に一升瓶を差した、袴姿の翁が、
刀を引きずりながらやってきた。

左目に、刀の鍔で、眼帯をしている。
そして・・万年、酔っぱらっている。

酔雨刀正宗(ようとうまさむね)
刀屋の主。
屋号を菊、
ひとよんで、 菊 正宗

「ああ・・・」

『はい、ご注文の品 妖刀霧雨。ウヒッ。ほんまに、よく斬れるぞい、この刀はウィ〜』

ズバッ!

近くに居た化け物の首が、一瞬のうちに飛んだ。

見事な居合い抜き。

刀に血の一滴も付かない見事な早業、
すでに刀は鞘に収められていた。

カチ・・・

「おお・・・」
痢煙は拍手をした。

『どうじゃ、ええじゃろ?この刀。ホレ、受け取れ坊主。』

菊正宗は、その刀を、ぽいっと赤神に投げつけた。

それを両手で受け止めた時・・赤神は、心に何か、ぐっとくるものを感じた。

「なんだ・・この刀は・・懐かしさを感じる・・」

『自害刀・・お前さんの地獄の置きみやげ・・じゃろ?ウイ〜』

背中の一升瓶を、グイッとひっぱり、ゴクゴクと酒を飲む菊正宗。

「それを、太刀に鍛えなおした・・のか?」
赤神は、手にした刀の重さを確かめた。

『そう、それと、錐女の残した"錐"と合わせたんじゃ・・
まあ、その他にも色々・・ひみつじゃ ウィー。』

黒い鞘、黒い束。全てが闇のような黒一色の太刀。
鉄十字型の鍔。
束には、三連の目玉が埋め込まれている。

赤神は、刀をゆっくりと抜いた。

黒い鞘から、白銀の刀が顔を出す。

すう・・・。

刀身は、まるで雨に濡れているかのように麗しく、
刃紋は、明石の海のように、波だっている。
しかも、動いている・・波である・・・海が見える・・刀身に・・海が・・

「あるんだな・・このような刀が・・」

赤神の瞳に、その妖刀の輝きが映り込む。

『あるさ・・刀に感謝しな、その出会いに、その運に・・ウィ・・・』

そう言いながら、菊正宗は、手を振り、化け物中へと消えて行った。




「あら、良い刀ね。見ないで注文したから心配だったけど。」
パンを、かじりながら、その様子を見ていた緋威露。

「うわ〜高そう・・・丞、これから大変ねえ。」
同じく、パンをかじりながら、双眼鏡を覗く黒死。

この二人、どれだけパンを食べるのだろうか・・・

「やるねえ、あの刀屋。あの子好みに、きっと作りなおしたのよ。
あの鍔とか。あの目玉とか。バカが喜びそうなデザインよ。」

緋威露は、笑いながら黒死を、見た。
左眼が、赤くキラキラ輝いている。

「へ〜、わたし、刀の事、全然わからないです。」

黒死は、手を横に振って、カップに手を伸ばした。

「あら、わたしもよ。おほほ。
この刀だって、今のところ、登る以外使用しないし。」

緋威露は、自分の刀を、足でつついた。

「え”?」

黒死は、あやうく紅茶を吹き出しそうになった。

「わたしは、これ、三味線で化け物倒すという型破り人間よ。
赤神家の基本は、鬼、人形、刀が基本だけど、
わたしの場合は、鬼、三味線、金よ!おほほほ。」

緋威露の高笑いが、埴輪区の夜に響く。

「あはははは」
黒死も、一緒になって、笑うしかなかった。




「うおりゃあああああ どらああああああっ!!」

ドスドスドスドス!!
ドスドスドスドス!!

「はあ、はあ、はあ・・くはっ・・はあ」

息を整える空怪。
止まっているゴーカートにもたれた。

化け物たちも、躊躇している。
空怪の、あの猛進に・・・

「痢煙さん・・こっちには、いないな・・」
空怪は、懐に入れてある、笹の葉の隙間に、指を入れ、
"ゴロデリエパス"を少量取り、ペロリと舐めた。

瞬時に、身体に力が、みなぎる。

「うう・・ん・・うまい・・・」
空怪は、汗を手でぬぐい、何気に上を見上げた。

ブワッ・・・

ミノを着た少女が、建物の上に舞い降りた。

「おお、空缶娘・・」
空怪の顔に、笑みがこぼれた。

空缶娘は、鎌をギラリと光らせ、ゆっくりと構えた。

空缶娘の前には、ひとりの老婆がいる。
その手には、"コロリ"の缶を持っていた。

「あの老婆は・・」
空怪は、奇々怪々を取り出し、ページを素早くめくった。

「あの、金網を身体に巻き付けただけの老婆は・・か・・籠婆・・・」
空怪は、ハイレベルな顔ぶれに、胸をときめかせた。

そして、耳を澄ます・・

『ジャリが・・渡すわけにはいかんのじゃ。』
籠婆は、左手に持つ"コロリ"の缶を、すうっと左胸に当てた。

『その缶を渡せ・・』
缶を、執拗に狙う空缶娘。

「もしや・・あの缶、捨てたのは痢煙さん!?」
空怪は、瞬時に悟った。

痢煙の愛飲"コロリ"だ!!

籠婆の手の中にある内は、安全だが、
空缶娘に取られると、痢煙の命が危ない。

空怪は、飛んだ!!

それと同時に、空缶娘が、籠婆に仕掛ける!!

鎌が光る!!

シュバッ!!

籠婆が、鎌を避ける!

その瞬間、手から空き缶が放たれる。

ヒュッ!!

空怪の横を、空き缶が、通り過ぎていく!

空き缶を、横目で見る空缶娘。


カンカラカラカーン。


"コロリ"の缶は、見事に、ゴミ箱に入った。

『ナイス・シューッ!!』

籠婆は、ニヤリと笑った。

空怪は、屋根の上に立ち、ゴミ箱の中で回転する空き缶を見、
そして、空缶娘を見た。

ゴミ箱の中を、ただ呆然と見る空缶娘。
美しい横顔が、月夜に照らされていた。


つづく・・・