鈎針婆の章 おろし!! #35 †知られざる後悔†

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サラサラと木々の葉音がする・・・

手足の感覚が次第に良くなっている・・・

あの奪還劇も遠い昔の記憶。

今夜は、その古傷が少しだけ痛む・・冷たい風が骨にしみる・・

 あれから様々の事が起こった。
わたしは、腐ったあの組織、『赤悪伝鬼』を抜け、
今は人知れず人形師として暮らしている。

赤悪 欲照(あかあく よくてり)を殺した・・・
そして、その追手から逃れるためとはいえ、
また、たくさんの魂を奪った・・・

わたしの周りには、その人間達の怨み、
怨念に染まった魂が・・渦巻いているのだ・・

それは、それで都合がいい・・・

人を怨む事、その念には、大きな力があるということだ・・・
その魂、霊を、わたしの新たな力とすればよいこと・・・
つまり、式として扱えばよい・・何も恐れる事はない・・
わたしに、殺された人間の魂など、赤子の手を捻るより簡単というもの・・
案の定、今では、わたしのイイナリだ・・・
今は・・その霊のよりしろとなる、器・・人形を作っているところである。

その人形は、わたしの手足となり、これから起こりうる怪異に役立たせる・・
そのための人形である・・

このままでは、わたしの身がもたない・・・

あの方の無謀といえるほどの、好奇心に降り注ぐ危険な怪異は、
今までの、わたしの力では防ぐことすら・・ままならないのである。

わたし自身の力の向上が必要ではあるが・・
それだけでは、彼女を護りきれないのである・・
痢煙は、そんなに迷惑を掛けてるんですかっ?!
この先、あの忌わしき『生贄牡羊』との対決もあるだろう・・・
それは、今夜かもしれない・・・
彼女の "あの魂" を・・取り戻すためには・・避けられぬ道である・・

いずれ・・また・・怪異は起こる・・・
あの時に潰れた『♭の眼球』も新たに仕入れ、
今は、その時が来るのを待っている・・・静かに息を潜めて・・・

ギャーギャー・・・・
夜にカラスが鳴いた・・そして・・何処かへ飛び去ってゆく・・

陰がぬけ・・陽が揺れる・・・・

一筋の雲が、月から千切れるように流れ・・・
揺れる蝋燭の炎に、一筋の蜘蛛の糸が、ジュッと・・焦げた。

畳の上を這う小さな蜘蛛。
帰る糸は、途絶えてしまい、コソコソと音を立てている。
紅の瞳は、それを辿っている。

ここは、赤神丞の隠家とも言われる、小さな庵・・・
高層マンションが建ち並ぶ、とある一角に、結界をはった
人には見えない庵である・・

庵の主は、ダンナア・・・赤神の妹である・・・

ダンナアの父親は、イギリス人で、丞とは、父親が違う。
丞の父親は、化け物との闘いに敗れ、丞が生まれる前に亡くなった。
母、緋威露(ヒイロ)の腹に、丞が出来た3ヶ月目の事だったと言う。
父は、母と子を守るために、大阪湾に散って逝ったという・・・
化け物と一緒に・・・
赤神の母親が出てきましたね。
赤神のモデルである人形首の丞、丞のお母さんの名前が「ひろこ」です。
そこから付けられた名前だと思われます。
念のため。お父さまは、健在ですので(笑)

母、緋威露は、その後、渡英して、ダンナアを身ごもる。
出産後、世界を点々とし、化け物を倒している・・・

そう、緋威露は、赤神家最高の能力者と言われるほどの
才をもつ女性なのである。

歴代の男どもを抑え、唯一、女性で家督を継ぐほどである。
赤神家の鬼の力は、代々、男に受け継がれてきたもので、
頭領となるのも、男であった。
しかし、緋威露の祖父は、緋威露のずば抜けた才に感嘆し、
緋威露に、一子相伝の奥義を伝えたのであった。
赤神家のその辺りのお話しは、「もみぢおろし」と題されて、
少しずつ執筆されています。

だが、あまりにも緋威露は、前衛的な性格で、
彼女を、誰も理解する事はできなかった・・・

破壊的な性格・・・
息子の丞も、それに近いが・・・

丞の能力はと言うと、緋威露の父、つまり祖父から、
奥義を受け継いだのである。

祖父から受け継ぐというのが、赤神家のしきたりなのである・・・

ガタ・・ゴトン・・・

その時、背後から不意に声がした。
「お兄様・・・」

妹のダンナアが小さな声で、障子越しに兄を呼んだのだ。

「ん・・・」
赤神は、睡眠から目覚めたような声で返事をした。

「はい。文が届いております。」
ダンナアは、美しい声で兄に用件を伝える・・・

「誰からか・・・」

「痢煙さまからです・・・」

「りっ・・ん・・そうか・・・良く届いたな・・・入れ・・・」

障子をスルスルと静かに開いた。

ダンナアは、部屋の中へ一歩入る。

銀色の長い髪が、フワッと風に乗る・・・
甘い花の香りがした・・
黒い着物に、赤色の帯・・細い身体ではあるが艶はある・・
その灰色の瞳は大きく、ぷくっとボリュームのある唇が愛らしい・・・

「はい・・今朝、早くに赤丸が・・・・・もっと早くに渡せれば良かったのですが」
銀色の髪をいじりながら、兄の顔を見る・・

「少し用事で出ていた・・お前も出ていたんだろう?・・ありがとう・・・」
兄は、居直り、妹と対座した・・・

夜風がススっと床を這う・・・

赤髪と銀髪が風になびいた・・・

赤神は、ゆっくりと手紙を受け取る。
そして猫足の黒い机に、赤い封筒を置いた・・・

パサ・・・

その封筒が、手で触れてもいないのに開封された・・
そして、中の手紙が、赤神の手元にフワっと届く・・・
赤神は、手紙を広げ、目を通す・・・

パラ・・パラパラ・・・
紙の擦れる音だけがしばらく続いた。

ジジジ・・蝋燭の炎が揺れる・・・

静寂を打ち切る、低い美しい声・・
「軍鶏を2匹用意してくれないか。黒丸(くろまる)、鋼丸(はがねまる)だ。」
ニワトリ。どうしてニワトリなのかと言うと、人形首丞がニワトリ好きだから。
一時期、ニワトリの絵ばっかり描いてましたよ。

この黒丸と鋼丸とは、赤神がつかう「式」ですね。

それに呼応する、高い美しい声・・

「了・・いつでも・・お兄様・・それと・・これが必要になるかと・・」

スス・・・畳が擦れる音がした。

「ん・・用意が出来ていたか・・玉水晶・・いい玉だ・・』

三方の上・・黒赤の布の上に、手のひらぐらいの大きさの玉・・
ダンナアは、それを、兄の前に差し出した。

「ふふふ・・いいでしょう・・良いモノを見つけるのは、私の特技ですよ・・」
和と洋の混じった笑顔も美しい・・・

「そうだな・・あまり・・オマエを巻き込みたくはないが・・」

少し険しい顔で妹を見る兄・・それに対して苦い顔で答えた。

「もう遅いですよ・・この家に生まれた者の宿命ですわ・・それに・・」

ダンナアが右手を刀印にし、印をきる・・・
すると、スーと障子が閉まる・・・
この兄にして、妹である・・・
少なくとも、ダンナアにも一族の血は流れている・・

「そうだな・・すまない・・」
苦笑いをしながら、赤神は、手紙を封にしまった。

「それは、そうと・・良いのですか?今夜、祭祀をなさるおつもりなのでしょう?
・・めぼしい人の形は、あるのですか?玉は、用意できましたが・・」

「時間がない。この街で一番都合の良いのは・・あの場所だな・・・」
暗い天井を見ながら、赤神は、言った。

「泉・・水が溢れる所・・あの場所ですね・・」
右人さし指を頬にあて、その場所をイメージしながら、
ダンナアがこたえた。

「ああ・・あの人も、あの場所を・・指名している・・」
先ほどの封筒を一瞥し、ダンナアを見た。

「痢煙さまには・・わかるのですね・・」
兄の赤い眼を見ながら言う・・

「いや・・魂のハウリングを感じるのか・・あの人は・・
無意識にそのような場所に訪れる・・性質なようだ・・・彼女の魂は・・・・を求めている・・」

赤神は、言葉を濁す・・
ダンナアは、うんと、静かに頷き・・・

「早くあの”呪”を除去しなければ・・お兄様の身体にも・・」

兄は答えることもせず・・蝋燭の炎を見ている・・
ダンナアは、その兄の姿を見ている・・

少し部屋が暗くなった・・
蝋燭の炎が小さくなったわけではない・・
月に雲が少しかかったのだ。

「今夜は、なにやら不穏な動きがあると、砒素砒素占いでも出ております、お兄様。」
「そうだな、生贄牡羊・・奴らの出方は気になるが・・・だが今は・・・」
「では、鳥居爺の鳥居をお借りすれば、羊の目から・・・逃れるかも・・・」
「ん・ん・・あの爺に会うと思うと億劫になるが、この街を移動するには確かに・・・
だが、この辺りで一番近い鳥居まで・・奴らの目を誤魔化せるか・・・」
「それでも・・良いかとは・・・」
「そうだな・・鳥居を使うか・・・亜空間に繋がる入り口・・」
「では、油揚げと油を用意しますので・・・」
「ん・・助かる・・・頼む・・用意をしてくれ・・・」

ダンナアは、静かに部屋を出て、用意に取りかかる・・・
廊下のランプが、ダンナアの歩行に合わせ、灯がともる・・
すでに、赤神の部屋の前の廊下のランプの灯は消え、暗くなっている・・

赤神は、鉄のプレートが仕込まれた黒のインナーを着る。
化け物の鋭い爪を防ぐためである・・

そう全て、赤神丞の服は、特注で、退魔の呪が施されてある・・
その装いには、まるで女性のような艶を感じるが・・
その姿から弱さは感じない。

ジジジ・・ファスナーをあげ・・鏡を見る・・

ダークレッドの口紅、眼には黒いシャドー・・
そして透き通るぐらいの白い肌・・・
化粧は、崩れていない・・

サッ・・・
黒い薄地のコートを着る・・・

女装趣味・・ある人は、そう言うかもしれない・・だが・・
彼は、ミニスカとかそう言った部類、アマロリなどの姿・・女装はしない・・
つまり、女の子、女の子というような装いはしないのだ・・

あくまで、美を追求したファッションを好む男なのである・・
闘いの最中の動きも・・暗黒で透明な美を追求する・・
ひとつひとつの動作、所作に美を放ち、
顔、装いにも美を放っている・・

そう、だれもが魂を奪われるほどの、美しさである。
ある人を除いては・・
痢煙かい?
サラサラと木々の葉音がする・・・
また・・夜泣きガラスの声が、遠くの空で聞こえた・・

障子が開く・・
支度が整った・・・

闇と同化する準備が・・・

ダークレッドの長い髪には、神経毒『ブラッディ・パウダー』を仕込ませ・・
薄地の光沢のない黒のコートには、八咫烏(ヤタガラス)の羽があしらえてある。
俗にいう三本足のカラス、神々の使いといわれるカラス・・

そして銀のファスナーが、きらびやかに輝く・・

黒と銀のみのカラー・・・その配色が闇に溶けてゆく・・・

手首には、玉鎖のブレスレットが輝く。
化け物の鋭い爪から身を護るため・・・

そして、その美しい指には、すべてアマーリングを装備し、
その爪には、玉虫色に輝くマニキュア『グリーンブラッド・コート』
丞が玉虫色のマニキュアが好きなんですよ。それが元ネタですね〜。

・・もちろん毒が含んである・

細く長い脚には、黒のレザーパンツ・・黒牡山羊の皮であしらえてある。

あらゆる地形でも動きやすく、しっとりと赤神の脚を包んでいる・・・

ヒップバッグには、もちろん身代わり人形など、呪術道具が入っている・・
あの水晶の玉もここに仕舞われているのだ・・・

「行くか・・・」
時が来たと己に気合いを入れる・・・

戸口の前で、兄と妹が顔を合わせた・・

心配そうな眼差しで、銀髪の女が言う・・
「お兄様・・ご武運を・・・」

複雑な表情をし、赤髪の男が言う・・
「ああ・・ん?」

赤神の眼が何かを探す・・・

「どうなされました・・・」
兄の視線の方向を一瞥し、兄の顔を見る・・

「わたしの・・ブーツが見当たらない・・・」
妹の顔を見ずに、こたえる・・・

黒い厚底のブーツ・・
先ほどまで・・其処にあったはずのブーツが消えた・・

「そ・・それは・・不・き・」
ダンナアは、思わず・・口をとざす・・

「その先を言うな・・・言葉に命が吹き込まれる・・・」
ダンナアの顔を見て・・少し険しい顔をする・・

「はい・・」
兄の言いたい事が解る妹・・だが不安がつのる・・・

「仕方がない・・・代えのものを・・・」
赤神は、何かを考えながらも、ダンナアに指示をする・・

「はい・・・」
ダンナアは、引き出しから、黒箱を取り出し、
新しいブーツを取り出した・・・

「ん・・・今夜は・・出がけが悪いな・・・ここに置いたはずの内刀もない。」

神棚の前・・三方に置いたはずの内刀も・・消えていた・・

「では・・これを・・」
ダンナアは、己の懐から、一太刀の懐刀を取り出し、兄に渡した。
黒柄黒鞘「紅葉揚羽」・・祖母の形見の幽刀である・・

「いいのか・・」
兄は、ダンナアの体温を帯びた刀を抱き、問う・・

「はい・・わたしには、これが・・」
ダンナアは、CDケースを取り出した・・
その中には、CD-ROMと同形の刃物が納められていた・・
随分前ですが、「おろし 錐女の章」にダンナアの趣味がCD集めだという事が
書かれてあります。


「わたしは、こちらの方が、使い勝手がいいので・・」
ダンナアは、その円盤刃物、その中央の穴に、人さし指をいれ、
グルングルンと回した。

大きな灰色の眼が愛らしく輝いていた・・

赤神は、クスっと笑い・・
「では、行ってくる・・」
と一言だけ言い放ち、闇に溶けて行った・・・
そして、フタツの影がそれに追従した・・・

銀色の髪が、夜風に吹かれ、月明かりでキラキラと輝いている・・
そして大きな灰色の瞳は、
兄が去った闇を、いつまでも見つめていた・・

「あ・・寒い・・・」

ブルッと身震いをした・・

急に、先ほどの不安が、ダンナアに襲いかかった・・

「やはり・・不吉な・・・こと・・ですわ・・・・・あっ・・・」

不吉な事・・

その言葉だけが・・小さく・・

小さく・・

闇にコダマしてゆく・・・


つづく・・・