鈎針婆の章 おろし!! #61†月纏う空†

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ブロロロロロンンン・・・


空怪が運転する大型バイク、その排気音が、夜の空気を振動させる。

目指すは、フェスティバルゲート お祭り。

サイドカーには、ちょこんと大人しく座るアント。
信号蟲の巣で疲れたのか、赤神とじゃれあって疲れたのか分からないが、
一言も話さずに、薔薇の花びらを、一枚一枚めくっては、風に飛ばして遊んでいる。

空怪は、それを横目で見て笑う。

走り去るバイクの影、空怪の影、アントの影が、
まっすぐに続く難怪電車の高架下に絵を描く。

空怪は、胸を押さえた。

そして、空を見上げ、こう思った。



・・・あの時、わたしは、やはり心を奪われたんだ・・・





ーーー ビルの谷間に飛ぶ、ふたつの影。

大きな鎌を持ち、大きな蓑をまとった、美しい少女。

そう、空怪が、一瞬で心を奪われた化け物 空缶娘。 

その影を追う 空怪。 

人間の跳躍はすでに超えている。

ギラリ!

白銀に光る大鎌が、空怪の鼻先を擦る。

人間特有の赤い血液の粒が空に散らばる。

ズバッ

空缶娘は空中で振り返り、空怪の首を斬る!

すーっとそれをかわす空怪。

傷は浅い。鼻先の皮が切れたのみ。

「娘、本気をだせ・・・まだ、出していないだろ?」

無表情のままの娘は、また一段と高く跳ぶ。

月夜に映える美しき処女の顔が、空怪の視界から遠のいてゆく・・・

「まだ、逃げるか?これ以上飛べるというのか?くそっ!」

股を軽く叩いた。

空怪の肉体の限界が来た。ビルの床を蹴った足が、痺れている。
筋肉の悲鳴が脳髄に叩き込まれた・・・

これ以上の跳躍は無理である。しかし・・・

『跳ぶ!!』

空怪はビルに着地すると同時に、再度、屋上の床を蹴る。

高々と空怪の身体が跳ねあがる。

バウンドを利用した跳躍である。

しかし、その衝撃は、まだ人間である空怪の肉体に爪をたてた。

足の筋肉に2度、悲鳴があがる。

ブチブチ。

筋肉繊維の何本かが千切れたようだ。

しかし、空怪の顔は悲痛に歪むどころか、満面の笑みにおおわれている。

空怪が妖怪に接触したときに見せる顔である。

しかし、肉体の損傷を感知していないわけではない。

平気ではないということだ。

空怪は懐からアルミパックのドリンクをおもむろに取り出し、それを口にくわえる。

このアルミパックには、痛み止めの成分が含まれたゼリーが入っている。

化け物との戦いで傷を負わなかった日などなかった・・・

「くっ、かまいたちならともかく、お前と、このような、いたちごっこは、ヤリたくはないね。もう身体がもたんな。」

空怪を、振り切ったと思っていた空缶娘。
下空から、空怪の顔が近付いてくるのに対して、動きが止まっていた。

空缶娘は、化け物とはいえ、驚きを感じている。

相変わらず無表情だが、たしかに、この人間に驚きを感じたようだ。

しかし、数秒後、空缶娘は空中で踵をかえすようにして、
この場を去ろうとした・・

が・・

その時、空怪は空缶娘の顔を見て、口をパクパクと開けて何かを伝える表情をした。

そして、左手に持ったアルミパックを少し前に突き出したかと思うと・・

それを後ろに投げ捨てた。

正確に言えば、下空に投げ落とすといったような感じか・・・

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

瞬時に暗雲が立ちこめた。

稲光り・・

ピカッ!!

空缶娘の無表情が、壊される瞬間!!

空缶娘の瞳孔がゆっくりと開いてゆく。
これは空怪の錯覚である。

実際には一瞬の出来事である。

血走る眼。
耳もとまで裂ける口。
障気が口からこぼれる。

ゴゴゴゴゴゴ・・・・・・・・・・・・

音のスローモーション。

その音は空気を斬る、白銀の大鎌の音。

避ける空怪。
切っ先が肉を削る。
ゆっくりと、肉が飛び散る。空怪にはそのように見える。

『魂を・・よこせ・・・・』

吠える空缶娘の鬼の形相が牙をむき出しに襲い掛かる。

雷光・・

ガチッ

手で顎を受け止める空怪。

空缶娘の牙と牙がガチリと音を立ててぶつかる。

それと同時に身を躱した筈の鎌が反動で返ってくる。

返し斬り!!

いや、今度は斬るではなく、鎌先が突き刺さるようにして肉にめり込んだ。

血潮が吹く。

ミシミシと骨に食い込む。

上腕で防御するのが精一杯であった。

血の湯気が上がる。

青白くなる空怪の顔。痛みが鎮痛剤を超えてやってくる。

忍び寄る死への誘い。

ゆっくりと獣の顔が近付いてくる。

空怪の手から力がぬけて行くのが分かる。

押さえた顎が空怪の首筋を狙っている。

むき出しになった牙から、涎が滴りおちる・・・

しかし、空怪の顔は笑っていた。

「本気のお前さんを捕らえたよ。」

意識を持ったチューブが空缶娘を捕らえたのは、その時である。

二人は抱きあうがごとくチューブに包まれた。

空怪は、空缶娘の目を見た。


『ウアアアアアッ』


空缶娘が、突如吠えた!

その瞬間、シュバババツ!!

空缶娘の身体から、無数のガラスのトゲが突き出て、一瞬でチューブは切断された。

拒否されたのか!?

空怪は、空缶娘に蹴り飛ばされた。


・・・そして・・・痢煙の姿を見た。 ーーー






ブロロロロロ・・・



バイクの音と、サイドカーに乗っているアントの声が、
空怪を、現実に引き戻させた。

「空怪 Look at that! アキカンムスメデース!」

「え?」

空怪は、ゆっくりと空を見上げた。

そこには、夜空に可憐に跳ぶ 空缶娘の姿があった。

娘が向かう方向には、
フェスティバルゲートの塔がそびえていた・・・



つづく・・・