鈎針婆の章 おろし!! #57†恐怖ポストマン†

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ガチガチガチ・・・
ガチガチガチ・・・

歯が、ガチガチ音を立てている。

ピントが思うように合わない。

シャッターも、なかなか押せない。

手がガクガク震えている。

手だけではない、足腰ガクガク震えている。

カメラを構えたまま、ガクガク震えている男が、
フェスティバルゲートの階段を登り切った所に立っていた。

『ん?なんだあ?キサマ・・・』

鬼の顔をした熊が、近づいてきた。
爪は、血だらけだ。
すでに、ひとり人間を殺している。

「ひい・・」

それでも、その男は、カメラを離さない。

パシャリ・・一枚ようやく撮影する事が出来た。

自分を狙う化け物の写真を・・・

『人間だ・・人間だあ・・ぶじゅるるるっ』

涎がべっとり、カメラを持つ男の肩に落ちてきた。

全長3メートルの鬼の顔をした熊の化け物。
ゆっくりと、手をふりあげた・・・

『ミャい、オニグミャ。やめとけニャ、そいつニャ・・腕章してるニャ。』

先ほどまで階段に座っていた化け猫が、鬼熊の肩に手を当てた。

オニグミャと呼ばれた鬼熊が、化け猫を一瞥し、
めちゃくちゃ震えながらも、カメラだけは構えている男の左腕を見た。

『おおっ・・恐怖ポストマン・・だと・・』熊鬼は、目を細めた。

『食うニャ・・よ・・食うと・・おミャへも食われるミャ』

熊鬼は、『けっ』と残念そうに唾を吐いて、
男を解放した。

その場に、ヘナヘナとしゃがみ込む男。

黒い眼鏡に黒いシャツ、黒いパンツに、黒い靴。
全身黒ずくめの男。

左腕には、赤い腕章。「恐怖†ポストマン」と書かれている。

髪は薄く、白色のヘッドギアを装着し、
もう、何日も手入れしていない、無精髭を生やしている、
清楚な感じはまったくないが、貫禄はある。

その男の名前は、死悶。カメラマンである。

以前は、フリーカメラマンだったが、
"毛のイニシエーション"で、今は、恐怖手紙の専属カメラマンになった。

今夜、フェスティバルゲートで祭りが行われるという情報を聞きつけ、
ひとり化け物の群れの中へ潜入したのだが・・・

実は、こんなに大きなイベントに参加したのは、今回初めてで、
実際、現場に来て、死悶は、かなりビビっていた。

そんな中、熊鬼に目をつけられ、絶体絶命のピンチを味わった。

しかし、「恐怖†ポストマン」の腕章をしている者への攻撃は、
「暗黒条約 第12342234項 あの世この世の情報一元化円滑法」に違反し、
最悪、地獄に強制送還させられ、そこで釜ゆでの刑に処される事になっているので、
化け物らは、容易には、手を出す事が出来ないでいる。

このように"腕章者"の命は、条約で守られはているが、
絶対安全というワケにはいかないのが化け物社会である。

食欲には勝てません・・・

死悶も、実際、この条約がどこまで認知されているか知らないまま仕事をしている。
イチカバチカの仕事なのだ。

しかし、死悶は、この仕事を今更辞めることは出来なかった。
"毛のイニシエーション"で堅く誓ったというのもあるが、
それよりも、「近親相姦と書かれた一枚の心霊写真」で、
この世界に、心を奪われた方が大きいだろう。

「ああ・・さて・・・撮らないと・・祭りが終わってしまう。」

死悶は、カメラのレンズを、布で軽く拭き、フェスティバルゲートの奥へ進む。

死悶は、鬼熊に食べられなかった事が、腕章に対する不安を打ち消したようで、
仕事に打ち込む余裕が出てきたようだ。

「おお、メリーゴーランド越しに、化け物の顔。うーんいいね。
あの人間の顔をした犬なんか。」

パシャリ。

「何か、あの犬、獲物を見つけた時の顔だな!いいね!!いいね!!」

パシャ。

「オイオイなんだ?なんだ?ビビって、逃げて行ったよ。ふーん・・・」

死悶は、ファインダーを覗きながら移動する。

パシャリ。

「痢煙焼き。どれが本物なんだ?」

パシャ。

「そう言えば、痢煙に最近、会っていないなあ。おお!錐流!!人気だね!」

パシャ。
パシャ。

「会わないのも仕方ないよな〜今の俺は、恐怖手紙のカメラマンだもんな。」

パシャリ。

「痢煙とは、住む世界が違うからな・・・おおっ・・いい顔してる!!」

ドン!!

「うわっ」

後ろから誰かに激しくタックルされた。

長い髪の女が走り去って行く・・・酒の香りがした。

ズダダーン・・・

死悶は、写真を撮っているのに夢中だったため、
思いっきり前のめりに倒れてしまった。

「うーーーん・・・・」

なんとか、カメラを守る事は出来たが・・

「イテテテテ・・・・あぶねー。」

死悶は、商売道具のカメラを確認する。

「どこも壊れていないなー。気をつけないとな。おお!色っぽい女の霊だあ!!」

そう言いながら、死悶は、化け物の群れの中へ消えて行くのであった・・・



つづく・・・