鈎針婆の章 おろし!! #33 †糸電話の怪†

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 『ワシを封印することなどできぬのになあ。』

 ムシャムシャと何かをかじる歯は、スキッ歯で黄色く濁り、
とても若い歯ではない。

老人の歯である。

それも、百はとうに越えたであろう歯だ。
その何本かは抜け落ち、
その歯の隙間から、ヒューヒューと呼吸音がする。

耳に残る嫌な音である。

黄色い三日月は、その姿を、醜く照らしている。

月の光は、老人の腰まである白髪を、キラキラと輝かせている。
その長い髪を、目で追いながら、老人の顔へと視線を移す。

うっすらと浮かび上がる顔。
その顔は、あまりにも醜く、
まさに百をも超えた面である。

恐ろしい形相の老婆。
目が腐るとはこの事を言うのであろう。

老婆の顔の皺は、まるで大木の表皮のごとく、
ゴツゴツと深く刻まれているかのように皺くちゃである。

そして、目は月光に照らされたわけでもなく、
ギラギラと輝き鋭い眼力を放ち、その色は白く濁っている。

いわゆる三白眼そのものであった。

そして、乾いた唇がめくれ上がると、
ヌメッと光る赤黒い口内が見える・・

その口の中には耳があった。

まぎれもない人間の耳があった。

『ミミンガーは・・美味いのう・・・』
ミミンガー、正しくは「ミミガー」です(笑)
沖縄の豚の耳の料理やけど、それが元ネタで、しかも人間の耳とは!

 老婆は電柱の天辺に立ち、
月を見ながらディナーを楽しんでいる。

時間はお決まりの丑三刻である。

老婆の体は、くの字に曲がり、まるで魚の鱗のような衣類をまとっている。

スパンコールのボディコンである。

ひと昔前にボディコンと呼ばれる衣類が流行したのを覚えているだろうか?

現在、三十路を過ぎたお姉さんあたりが、
若き時代に纏っていた。
そう、ジュリアナなどで、扇を振り回し乱れ舞う、古き良き時代の衣装。

この老婆はその時代の装いをしている。

虹色のスパンコールボディコンは、
月光を浴びて煌びやかに輝いている。

しかし、男を魅了するような身体(プロポーション)ではなく、
黒く色褪せて、カラカラに干からびた枯れ枝のような身体に、
体ラインを強調させるような、お色気ドレスを纏っている。

もう、これは気持ちが悪いとしか、言いようがない。

そのような、いでたちの老婆が、
深夜、狂ったように電柱の天辺で扇(まるで魚のヒレ)を振り回し、
月明かりの下で吠えている。

電柱が老婆のお立ち台といったところか。

一心不乱に踊る、その姿はおぞましく、
狂喜のごとく人々の目には映るであろうが、
深夜、誰が電柱の天辺で踊る老婆などに気が付こうか。

もし、気が付くような事があれば、その者に死が訪れるだけである。

 老婆は、粒のような汗とヨダレを飛び散らせ、
心地よい笑みを浮べ・・・踊ることを止めた。

そして奇声をあげ、そのお立ち台から飛び降りる。

『きえ〜〜〜!!ハング!!ハング!!ハングッ 怨(オン)!!』

 バチバチと稲光のような光が暗闇を照らす。

老婆は飛び降りながら電線を掴む。

右手に一本。
左手に一本。

普通の人間なら感電死である。

老婆は黒焦げにもならず、感電を楽しむがごとく、上下に揺れて遊ぶ。

ブウン!ブウン!

上下の揺れは激しくなる。
老婆は電線の弾力、張りを使い、
まるで、鉄棒の選手、オリンピック選手のような、
金メダル級の華麗な技を見せる。

ブウン!ブウン!

何本もある電線を飛び移り、回転し、老婆は楽しんでいるのだ。

『電波!電波!電波キャッチ〜!!キャッチ〜!!ひひひひひひひひ。』

老婆はまた電柱の天辺に立ち、そう叫んだ。

老婆の身体は、バチバチ放電している。
そう、バチバチと。

この動作は遊びであり、
かつ、老婆の運動エネルギーの充電といった一連の動作なのだ。

老婆はしわくちゃの手を胸元に、すっと入れた。

胸の谷間に扇は挟まれているようだ。

谷間というよりも空間といった方がよいのか。
乳なんてものは、とうの前に使用期限は過ぎている。

その胸元から白い紙コップのようなものを二個取り出した。

その紙コップのようなモノには、ピアノ線のような糸が巻きつけられている。

乳を絞り出して入れるコップではなかった・・・

その巻かれた糸をスルスルとほどいた。

糸電話だ。

老婆は、左手で片方の紙コップをを持ち、左耳にあてた。
そして右手で、もう片方の紙コップを持ち、
何かを探すかのように、聴診器で物音を聴くかのように、
アンテナで電波を拾うかのように、
右手にもった紙コップを、ゆっくりと動かした。

ジジ・・ジジジ・・ジジジ・・・ああ・・ジジ・・ガガガガガ・・・・

左手に持つ紙コップに音が伝わる。
しかし糸は弛んでいる。

糸電話の仕組みを完全に無視をしているのに、
音が何故か伝わる。

まあ、この街では、こんな事はよくあるのだ。
そうよくあるのだ・・・

老婆は笑みを浮べ音に耳を傾ける。

『ひひひ。ひひひ。うま。うま。ゴキュ・・ん』

生唾を呑む・・

そう、老婆は盗聴しているのだ。
携帯電話が普及し電波が異様に溢れている。

それを受信する能力が、この老婆にはある。
老婆は電波に変換された言葉を食する化け物なのである。

悪い言葉を美酒として好み、そういった電波を探し食べるのである。

それだけならこの妖怪は善良な存在といえるだろうが、
この老婆は人間の耳を食べるのが至極のご馳走。

そう、耳を食することが・・・
老婆にとって最高の食材なのである・・・

今宵も夜が深まりつつある。
この老婆は、まだ動こうとしない。
運動後のディナーを食べていないのである。

今夜は、ハントはしないのであろうか・・・

老婆の眼が、細くなる・・・
獲物を狙う眼・・・

老婆は、右手の紙コップを手からスルッと放なす。

そして、その親指と人指し指で糸をはさみ、
まるで鎖鎌の分銅を回すかのように大きく振った。

ビュン ビュン
ビュン ビュン
ビュン ビュン
ビュン ビュン

ビュービューと風を切る音がし、スピードが速まってゆく。

『はんぐ!!はんぐ!!はんぐ!!』

雄叫びがあがる。

老婆の右手の紙コップは、まるでヘリコプターのローターのように
勢い良く回転している。

それが、ふいに手から離れた。

ビュン!

まるで一流の投網師のように・・・
鮎を狙うがごとく、手から奇麗に放たれる・・

ヒュルヒュルと紙コップは飛んで行く・・・

するすると糸が出て飛んで行く・・・

夜空に飛ぶ、白い紙コップ・・・・

その白い紙コップは、遠く遠くへと飛んで行く・・・

それはこの街ではよく見られる光景・・・
そうよく見られる光景だ。
いや、見た事ないって(笑)
紙コップは、糸をつけたまま・・

遠くの・・遠くの・・・あるポイントに落ちた。

それは、人知れず落ちた・・・

コロコロと道の片隅に何メートル、
否、何キロメートルと糸を垂らした紙コップが・・・

人知れず落ちた。

あの老婆によって落された。

その、落された紙コップから、何やらヒソヒソと声が漏れる。

それは、老婆の声のようで・・声ではない。
どうしても、気になる・・ヒソヒソ声である。

このヒソヒソ声・・ヒソヒソ話を聞きたい者は、
この紙コップを拾ってしまうのだろう・・か・・・

はたして・・そんなヤツはいるのだろうか・・・・
こんなゴミのような、怪しい物を・・拾う?

そんなアホなことをする者がこの世の中にいるのだろうか?

いた!!

そうだ、この街には、とても好奇心旺盛な彼女がいたではないか・・・
痢煙?
だが、彼女はあれ以来、眠り姫のごとく眠っている・・・

暗雲が、今宵の月を隠そうとしている・・・

糸の先の紙コップ・・それを操る謎の老婆・・・


つづく・・・